10月 092017
 
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第1話のネタバレを含みます。

先日、アニメ『おそ松さん』第2期第1話の放映が開始され、すでにさまざまな感想や考察などでネット上でも喧々諤々で盛り上がっているところであるが、まず私の真っ先の感想としては「あいつら(『おそ松さん』制作陣)、もろに開き直ってこっち(『おそ松さん』ファン視聴者)目がけてまともに核ミサイル撃って来やがった、というか本気でこの世界のすべてに北朝鮮レベルでケンカ売る気だな……!!」というところだった。特に前半のあまりにストレートにして露骨にも程がある、えげつなくあからさまにメタな風刺ぶりにはひたすら笑うとか怒るとかを通り越してただただ呆れ返るほどだったが、しかし本当に「こっち」への悪意、そして目下のこの現実世界に対する攻撃性に溢れているのは、やはり後半の一見壮大に馬鹿馬鹿しい「ちゃんとした」展開の方なのである。その原因、そしてこの1話そして『おそ松さん』という一連の作品に通底するもののうち、大きなものの一つに気づかせてくれたのが以下の方のツイートである。

ご存じの通り、監督・藤田陽一、シリーズ構成・松原秀、キャラクターデザイン・浅野直之などの『おそ松さん』の主な制作陣は1970年代末から80年にかけての生まれで、80年代に子供時代を送り、90年代に10代後半から20代にかけての最も多感な年頃を過ごし、その90年代の終焉とともに成人を迎え、00年代の始まりとともにちょうど『おそ松さん』の六つ子たちと同年代に至り、実社会に出たであろう世代である。ついでに言うと、この私なども実のところ彼らと同世代で言える年代である。これらの世代が過ごした時代背景、というと大げさではあるがおおよそどのような流れだったかといえば、以下、私の体感と分析で(極めて鈍重なものではあるが)回想してみる。

90年代と言えば、一般的には80年代後半からのバブル景気が崩壊し日本経済の停滞が始まった時期であり、そして「平成」時代の前半を占める。昭和時代が終わったのは1989年(昭和64年)1月7日であるから『おそ松さん』制作陣をはじめとする現在のアラフォー世代は物心の付いた子供時代にこの昭和から平成への切り替わりを経験している。つまり、昭和時代の末期そしてバブルの時代をリアルタイムで記憶している最後の世代と言える。80年代の終わりはそのまま昭和の終焉であったわけで、この辺りを回顧する言説が最近になって目立つようになってきたが、まさに当時の世相といえばやはりバブル景気によるおそらく日本史上空前の豊かさによる恩恵で、家庭用コンピュータゲーム機が普及しマンガやアニメなどのいわゆるサブカルチャーにも数多の名作が生み出され、当時の子供たちすなわち現在のアラフォー世代もその恩恵をふんだんに受けていた。この『おそ松さん』の前身と言えるいわゆる平成版『おそ松くん』もその一つである。その一方で旧来の、戦後以降からの価値観やモラルのようなものが急激に軽んじられ相対化され、ひたすら享楽的な一方で校内暴力やいじめなどの殺伐とした空気も強くなっていた。未だにその衝撃の強さで語られる「幼女連続誘拐殺人事件」や「女子高生コンクリート詰め殺人事件」などが起こったのもこの頃である。

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これらの事件は豊かさそのものの恩恵やそれらがもたらす華美や享楽の世相に乗ることができず、その影で鬱憤を募らせたいわゆる「オタク」や「ヤンキー」といった人種が最悪の形でなし崩しに暴発し噴出した事例と言える。もちろんいつの時代やコミュニティにもその場所その時期のメインストリームに乗れず疎外され底辺に追いやられ黙殺される存在はある。しかし、その波がより大きく強烈なものであるほどそれらの存在はより容赦なく吹き飛ばされ、光が強くなればなるほどその煌めきに覆い潰されてしまう。これらの事件はそうした「影」の側、そして闇をより濃く際ただせるもので、少なくともその象徴のように私などは見做している。

もっとも例えば「オタク」という言葉や定義そのものがこの時期に生まれたもので、そして言葉で定義されることそのものがその存在を可視化され認知された、ということはできる。そして「オタク」あるいは「ヤンキー」などという在り方そのものがやはり豊かな消費社会からの余沢を受けてようやく成り立つものである。フリーター、いわゆる非正規での労働形態が「新しい生き方」という形で持て囃され認められるようになったのもこの頃である。それ以前の「ちゃんとした」生き方、一般的には学歴を身に付けて権威と実績のある大学を卒業しこれまた実績のある企業もしくは官庁に就職し、あるいは家業を継いで安定した収入と資産を確保した上で相応の伴侶を得て子供を二人ほどもうけ、これまたより良い学歴を身に付けさせるためにおのが働きで得た資産を投入して育て上げる……もしくは、そうした「ちゃんとした」生き方を全うしている伴侶と結ばれてその子供を生み育てるべく家庭に入り、あるいは「外」での勤めをこなしながら家事育児に励む……というものだが、当時はそのようなモデルがいまだ確固として存在しつつも、同時にそうした価値観を陳腐化するような空気で満ちていた。潤沢な収入とその生活の安定、向上の代償に「24時間戦う」覚悟で仕事に忙殺され、片やいわゆるワンオペでの家事育児を余儀なくされる前世代を目の当たりにした当時の若者たちは、「ちゃんとした」生き方というレールに組み込まれるまでの一時、いわばモラトリアムを謳歌すべく消費に翻弄し、娯楽としての恋愛そしてセックスを謳歌する。一方で生育環境やコミュニケーション能力不足などでそうした空気に乗ることができず疎外された中から「オタク」という形での消費、娯楽行動を選択するものが出てくる。いずれも一線で働く前世代が築いた社会へのアンチテーゼであり、しかし同時にその社会がもたらした富に大いに依存した行動ではあった。

いずれにせよ、当時の彼らの大半はそのような社会、世界がそのまま永く、少なくともおのれの生きているうちはずっとそのまま続く、これ以上に栄えることはあっても衰えることはまずない、と漠然と信じていた。五賢帝時代のローマ市民やアッバース朝のバグダードの住人、そして元禄時代の京阪の人々がそうであったように。だからこそ、イケイケギャルだろうとオタクだろうとヤンキーだろうといずれそれぞれのモラトリアムが終わった暁には否応なしに「ちゃんとした」生き方に収まり、そして前世代のそれに倣ってその後の人生を全うすることになるのだろう、とこれまた漠然と信じ、ゆえにこのおのれのモラトリアムが永かれと願い、あるいはたとえ「ちゃんとした」生き方から外れて社会の周縁に追いやられることになってもそれなりには生きてそれなりの人生を送りおおせるだろう、と楽観していたのである。

しかし、現実にはそのバブル景気は90年代初頭に終焉する。その具体的な時期は1991年とされているが、それでもしばらくは「バブル」的な享楽の名残は続いていた。首を切り落とされた鶏がそれに気付かずしばらく走り続けるように、脳天を撃たれた獣の心臓がしばらくは痙攣し鼓動しつづけるかのように。ちなみに、ボディコンに扇子片手のお立ち台でのダンスで有名な「ジュリアナ東京」の経営期間は1991年から1994年、つまりバブル崩壊以降の90年代前半なのである。Jリーグが93年に発足し、若年層に人気のスポーツの座が野球からサッカーへと移っていく。それこそマスコミが「戦後最大の不況、経済危機がやってくる」と繰り返していても、その危機とやらをすぐには実感できない人間も多かっただろう。まして、そのバブル時代にはほんの子供だった世代にはなおのことだ! 当然その大半は華の10代後半に差し掛かり、すぐ上の世代がそうしていたように小遣いを流行のブランドファッションに投じ、あるいはよりジャンルもテーマも多彩になり表現技術も向上したアニメやゲーム、マンガ、音楽などの娯楽により耽溺する。一枚千円以上するシングルCDが数百万枚単位で売れる。『週刊少年ジャンプ』は600万部を突破する。さらにはコミケなどの同人イベントも年々大規模になり開催も頻繁になる。「やおい」こと現在で言うBLの存在やそのファンが認知されはじめたのもこの頃のはずだ。つまり、イケイケはイケイケで、オタクはオタクで、むしろそれぞれの楽しみをより洗練された形で充分に享受していたのである。

ところが、この空気が少なからず変転するのが1995年、まさに90年代の折り返し地点である。この年は戦後50年という日本史上の節目であったとともに、阪神大震災とオウム真理教事件という2つの大事件によって象徴される。いずれも「ひょっとしたらそのうち起こるかもしれないとは言われていたが、まさか本当に、しかも想像を超えるところで、最悪の形で起こってしまった」事態である。とりわけオウム事件は当時からさまざまな視点や立場から分析され語られているのだが、要はそれぞれの要因からバブル期からの社会の波から疎外された、馴染めなかった人種がカルトという形で「永劫のモラトリアム」に走った結果、遂に限界を迎えて社会を巻き込んで自爆に至ったという結論が多いし、大いに頷けるところだ。そして、この95年を過ぎた辺りから、いよいよ社会の衰退の気配が明らかになっていく。バブル以後の不況というものが一時期の不調やつまずきではなく、もう二度と元の栄華には戻ることのないひたすら長い凋落の始まりであったことに、社会全般がようやく気付いたのである。そして、それは我々、団塊ジュニアの世代が大学に進学あるいは就職したりで、ようやく社会というものの実態が分かりかけてきた頃の話である。

自分たちの親、つまり団塊やポスト団塊の世代の大人たちが、身を粉にして働きその人生の盛りを捧げた勤め先からリストラされ窓際に追いやられていくさまを目の当たりにする一方で、自分たちに用意されている席もレールも決して多くなく恵まれたものでないことに薄々気付きはじめる。つまり「ちゃんとした」人生というのはあらかじめ用意されていたりあえて選ばず避けたりするようなものではなく、自ら奮闘して勝ち得なければならないものであり、それを得られなければ半端ものとして軽視されるどころか完全な落伍者として野垂れ死ぬ恐怖すら浮上してきたのである。しかし、自分たちの親世代が戦中戦後の惨禍を知らずに育ったように、自分たちは真の落魄、貧困の実態、そしてそれへの防戦の手段を知らない! そして自分たちの身近な手本といえば、「今よりもより良い生活、未来」を信じるままに「ちゃんとした」レールのみを脇目も振らず前進してきた親世代と、バブルの精華を味わい尽くし「ちゃんとして」いなくてもなんとか生き延びおおせたような一回り上の世代しか存在しないのだ。

そんな状態で、終わりなき停滞と閉塞という「平坦な戦場」に初めて投げ出された我々と言えば……あまり鋭敏でも勤勉でもない層(私がこっちだ)はなし崩しに目の前の娯楽に、そして鋭敏で勤勉な層は少しでも「ちゃんとした」レールに乗れるほどのスキルを身に付けるべく試行錯誤する一方で最後の刹那のモラトリアムを全力で、あるいは適度に堪能し尽くす。ワンレンやボディコンは完全に過去の遺物と化し、いわゆるアムラーが闊歩する。小室ファミリーや浜崎あゆみ、SMAPなどがミリオンセラーを連発する。80年代に登場した携帯電話は今や学生にも手軽に持てるものになり、より個人行動の範囲が高まり、援助交際(!?)などに活用するものも出てくる。恋愛は一層盛んに持て囃され、セックスのモラルは完全に失墜し、むしろ処女や童貞などはより肩身の狭い存在に追いやられていく。そんな風潮で今で言う「非モテ」を拗らせたものたちはより猖獗を極めるオタクあるいはサブカルの世界にその居場所を見出し(私はこっちだ)、屈折したリビドーを吐き出し昇華させる。かの『エヴァンゲリオン』旧シリーズが放映され社会現象になり、90年代後半におけるある種の層の感性を代表するものとして語られている。かつてのバブルの風潮や風俗流行そのものは冷笑しつつも、しかしその文化も風俗も流行も、とどのつまりはバブル期のそれをより先鋭化させ奇形化させた反復であった。80年代バブルの栄華が盛夏の宴であったなら、90年代から世紀末の狂騒というのはあたかも不毛と寂寥に凍てつく季節を目前にして、先人たちの畑から収奪した作物や家畜を潰し喰らい尽くし崖っぷちでの空騒ぎに興じる、文字通りの謝肉祭であったのだろう。

 

以上の流れを鑑みれば、あの『おそ松さん』の六つ子たちの有り様……60年代すなわち団塊ジュニアの親たちが子供だった昭和30年代の高度成長期のただ中に戦中生まれの原作者により創造され、リメイクアニメの中で我々と同じ無邪気な子供として80年代と昭和の終わりに立ち会い、そして、20数年の空白を経てそんな昭和の栄光の記憶だけを持って、しかし精神の成長成熟の機会を失い、そんな「空白」後の世界への適応の術をいまだ持たないまま、朽ちていく肉体だけを抱えて「停滞」の平成のただ中の現実世界に放り出されてしまった、それはそのまま団塊ジュニアのうちでも少なくない規模の人間たちの現状、精神と似通っている。件の『おそ松さん』2期1話に話を戻せば、そんな六つ子連中の考える「ちゃんとした」姿というのはそもそも概念から壊滅的に狂っていることが示されたが、これらはみな説明するまでもなく90年代それも前半までの遺物もしくは現代では陳腐化したものである。そして、それらをメタな視点でギャグにするという手法そのものもこれまた90年代後半以降に盛んに使われたもので、しかしそれら一切合切がまず過去から完膚なきまでに否定される。とは言え過去の、「昭和」いらいの「ちゃんとした」生き方のメソッドというのはとうの昔に通用しなくなっている。しかし、彼らも、そして我々もいまだ「ちゃんとした」成功や豊かさの概念を知らない。したがって、かりに一発当てるかなんらかの努力や才能の成果としてそれらしきものを手に入れたとしても、その有りようは極めて中途半端で歪なものにならざるを得ないのだ。たとえばイヤミやチビ太のような「昭和」の生き残りや良心からは呆れられ血の涙を流されるような滑稽で醜悪なものであったとしてもだ。

当然のことながら、その後の00年代も現在も、少なくとも文化面では決して不毛の時代などではない。そもそも世界の何時どこであれ、とにかく物事を考えなにかを感じながら生き続けている人間が存在する以上、何かは必ず生み出され育ちつつある。しかし、我々の世代の少なからぬ層はそんな新たな荒野に適応し、再び新たな糧を育てて蓄えていくにはすでに遅すぎる年代である。多くはそれが先細りで頼りなく、出口も定かでないものであったとしても、かつて自分たちの親世代が形づくり辿ってきた「ちゃんとした」レールらしきものに縋り付き、必死にしかし不器用になぞらざるを得ないか、親や上の世代が遺した富を最後まで寄生し喰い潰し「一生全力モラトリアム」などとうそぶきながら、その遺産と遺物を叩き売りつつ余生を辛うじて繋いでいくしかないのだ。まさに「調子に乗って(乗れて)もクソ、(今さら)ちゃんとしても(できても)クソ」なダブルバインド、それが我々団塊ジュニア以降を囲む閉塞の実態なのである。

もちろん、この『おそ松さん』の制作陣は以上のいずれでもない。何やかんやで「ちゃんと」物事を考えなにかをさまざまに感じながら「ちゃんとした」努力と手法でもって『おそ松さん』という世界を創り上げ、そして紛れもなく「ちゃんとした」形での成功を成し遂げた人々である。時代や社会がどうであれ、結局はそれぞれの個人の意志と努力のみがそれぞれの生そして世界も決定するのだ。それでも、そんな彼らの描く『おそ松さん』の世界そして六つ子たちの有り様は、とうに幻影と化した「昭和」の光に縋りながら覚束ないままに平成の荒野を彷徨い、そしていまだ親世代が辿りそして我々に望んだような「ちゃんとした」大人に成りきれないままに「平成」の終わりを迎えつつある我々団塊ジュニア世代の最後の足掻き、雄叫びにして断末魔のように思えてしまうのだ。それはあたかも、かつての大日本帝国の最後の、そしてもっとも滑稽な亡霊である北朝鮮の放つ数々の恫喝と核ミサイルのごとくである。しかし彼らに、そして我々にはそれ以上の術はなくそして「未来は無い」。だからこそ、やはり私などはそれがやはりどのように多大なトラウマと消耗を伴うものであったとしても、我が同志たるあの世界の彼らを見守って行かざるを得ないだろうと思うのだ。それだけが、私があの世界の終わりなき平坦な戦場で呻吟しながら生きていくであろう彼らに対して捧げられる唯一のことだからだ。畢竟この先の時代や未来がどうであれ、どんな有り様であっても、この現実に生きる我々はただ、おのれに与えられたこの現実のみを最期まで生きていかなければならないのだから。

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