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(更新:2016年5月24日)

【私事・私感】「この世に要るのは『よいこ』だけ」

【感想・批評】「正義エイリアン」への恐怖 —吉田秋生『海街diary』への違和感—

先日より、こちらの記事へのコメントを戴いて幾度かやりとりさせていただいた中で、あらためて思ったことは「やはり私はこの『海街diary』の世界観とその主要人物たちの価値観には絶対に馴染めないな……」ということで、それは確かにこの世間一般の規範や常識的感性からしてみれば決して褒められた状態ではないのだろうが、こればかりは今さらどうにもならない、ということなのだ。

少なくともこの世間、とくに『海街diary』のような世界の中においては、他人の気持ちを言葉や態度ぬきで察せる能力に乏しい、要は生来鈍感で空気の読めない人間というのはそれだけで、たとえば不倫して妻と幼い子供たちを捨てる以上の許すべかざる大罪であり、脚の一、二本や指の五、六本欠損するよりも忌むべき「障碍」なのだろう。見舞いを手に憧れのプレイヤーを励ましに訪れた少女たちも、素朴に虚心にチームメイトの進路を祝福した少年も、いかなる理由があってもまさにその愚かさと無思慮ぶりで(物語世界の中心にして規範であり基準である)主人公たちを傷つけた以上は、たとえサッカーボールを蹴り込まれて彼らの世界から排除され、あるいはそろって仲間たち皆から弁解の余地も与えられず非難されるのだ。そして、主人公側の感情の暴発や暴走というのはその動機や理由の正当性を盾に多かれ少なかれ(作者の側から)正当化されるのである。

6/14 今日は『海街diary』を観た。感想書いた。 | 映画にわか 6/14 今日は『海街diary』を観た。感想書いた。 | 映画にわか

姉妹にとって都合の悪い人の排除された、姉妹にとって優しい人や友達になれる人だけで構成された鎌倉。
その外部は存在しないし、異質な人は存在しないし、性とか死みたいな、幸せな同質性に満たされた日常を乱す全ては言葉の上で、否定的な意味でしかありえない。
ここには他者が一人もいない。

以上は映画のほうの感想であり、原作はむしろ性や死についてはかなり深く立ち入って描いているのだが、しかし原作は映画とは別の意味あいで、そしてより「排除の論理」が強く作用しているように感じるのだ。
原作のなかで姉妹たちとその周囲の人間から見て「ダメ」と見做された人間、(主人公たちとは異なり)弱さ愚かさから堕落したり過ちを犯してしまった、という人間はすべて姉妹たちの住む鎌倉、そして物語世界の周縁そして外部に早々に追いやられる。彼らの幸福、彼らの完全な美しく清冽かつ鋭敏な世界を崩しかねない、保つことができない存在はもっぱらノイズとして忌避され「失格」の烙印を押されてフェードアウトを余儀なくされる。

確かに、実際「正しい」のは明らかに彼ら彼女らのほうなのだ。現実の世間でも100人中99人は彼女たちの強く健気な生き方や行動を肯定し憧れ賛美し、そしてそれが健全なあり方であり、私などの感想とやらは幼稚な愚か者の戯言として総括されスポイルされてしかるべきなのだ。むろん、前記事へのコメントでもご指摘いただいたように『海街diary』において「子供を庇護できない大人」とくに女性というのはもっとも許されざるべき大罪人であり、それはもちろんこの現実社会の一般的かつ妥当な対応である。そして彼女たち「大人になりきれなかった」「大人になり損ねた」側に対しては、主人公たちの側からも作者の側からも何の助力も更生や改心の機会も与えられることがない。花壇に囲まれた豪邸の中でひとり病んで壊れていく朋章の母や、厳格かつ完璧な母親に抑圧されて育ち前夫を若い女に奪われ、もっぱら母親の影響を受けた娘たちとくに長女とは未だにすれ違いを続ける三姉妹の母親の傷や孤独は顧みられることがない。すずの継母に至ってはすずを最も傷つけ悩ませ姉妹たちの逆鱗に触れる「悪人」の役割を果たし終えた後は姉妹たちそして作品世界から永久に放逐される。

しかし、一方ではまさにその論理において本来最も忌まれ非難されるべき姉妹の父親とすずの母親は、姉妹たちはじめ遺族の多大な寛容さと内外の努力によって「聖域」とされてしまう。彼らがすでに物語世界を遠く去った彼岸の人であることに加え、彼らを否定することはそのまま彼女たちの存在意義、彼女たちの世界の根幹に関わるからだ(そして、彼らと彼女たちを真っ向から否定した人間は最も醜悪に描かれる!)。いずれにせよ、彼女たちの世界における「聖別」と「排除」および「黙殺」の基準というのはもっぱら彼女たち主人公側(作者)の視点のみに掛かっているのだ。

この世の多くの誰かにとっての「清く正しく美しい世界」を創りその均衡を保つために、それにそぐわない「愚かな異物」を排撃し追放し、放置し忘却してやまないことの一面の歪さ、残酷さ恐ろしさというのは、まさにアニメ『おそ松さん』の第5話などでは痛烈に描かれているのだが、いまだにこの5話Bの『エスパーニャンコ』のエピソードを「感動話」と讃え好む手合いが絶えない。同胞の苦悩と傷と孤独を知り案じ、そして支え寄り添った同じその手でもう一人の同胞に目がけて鈍器を投げつけた側の暴力は、彼らの世界を浄化するための正義もしくは必要悪と見做され、そして断罪された側は満身創痍で投げ出され世界から見捨てられ忘れ去られても、その片隅でひたすら嘆き涙を流すことしか許されない。自分を追放した彼らの「美しい世界」、夕陽に照らされ愛に満ちた世界、自分を捨て去ることで完成した世界を独り遠巻きにして眺めながら……。

誰が松野カラ松を殺したか、あるいははなまるぴっぴをもらえなかった子の話 – 誰が松野カラ松を殺したか、あるいははなまるぴっぴをもらえなかった子の話 -

でもそれは最初からずっとそうでした。カラ松はずっと兄弟の中で軽視されていた。いなくていいもののように扱われていた。「なんで生まれてきた」と すら言われた。カラ松はずっとそれに怒っていいはずだった。でも六人でひとつであるためにはカラ松はそこで怒ることができなかった。いまはできる。

追放されたあとだからです。

しかし、それはやはり自業自得なのだ。彼ら彼女らの「清く正しく美しい世界」の中心から外れ貢献できないどころか、図らずも染みや亀裂を作ってしまうような無能で未熟な人間はやはり責められ軽蔑され排除されて当然なのだ。そして、私などはまさにそういう人間の一人だ。『海街diary』の文字通り心身ともに美しく自立自活している姉妹たちはおろか、まさにその姉妹たちから呆れられ軽蔑される母親たちの側の人間だ。世間からはおろか、同じく古家に寄り添って棲む「カースト最底辺」の兄弟たちからもさらに持て余され無視され果てに石臼を投げつけられる松野家の次男だ。血を分けた家族とともに梅酒を飲めず梨を食べることもできない、いかなる世界からもコミュニティからも、そして親兄弟からもはなまるぴっぴをもらえない側の人間だ。

じゃあ、そういう人間は具体的にどのように改心し更生していけば良いのか、それをみずから手を取って導き教え、支えてくれる存在は無きに等しいのだ。それこそ『海街diary』の世界はもちろん、なにより現実世界というのは「自己責任」を専らとしている。うっかり「彼ら彼女ら」の不文律を読み違え犯し破ろうものなら総出での糾弾と総括、もしくは直ちに問答無用でサッカーボールや石臼が飛んでくる。それで「俺(or私)に不満があれば遠慮無く言ってくれ」とか、なけなしの勇気を振り絞り胸襟を開いて尋ねれば無下にスルーされるか「自分で考えろ」とか鼻で嗤われあるいは逆ギレされる。しかし、現にこの世界の「彼ら彼女ら」はもっぱら自力できちんと悟り自力で覚醒し技術を身に付けているのであろうから、やはりそういう人間も甘えずめげずに「彼ら彼女ら」の100倍は努力して自力で察し自力で見抜き自力で身に付けなければならないのだろう。それでもやはり力及ばず不可能というなら、やはり、死ぬまでサッカーボールや石臼を叩き付けられ続けながら、世界の片隅でおのれの愚昧愚鈍と惰弱を呪い嘆きながら息を潜めて生きていかねばならない、ということなのだろう。

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蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

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