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(更新:2017年5月28日)

【時事】【ネット】同人BL小説が大学の研究論文に「無断引用」された件について

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先日より、立命館大学の人工知能研究者たちに大手イラスト&小説投稿SNSサイト・pixivに掲載され人気ランクインしていた同人R18小説が「ネット上の『有害猥褻表現』フィルタリング機能」評価実験のための「資料」として無断で論文に引用されたうえ学界で発表され、そのうえPDF化されてWebにアップされ不特定多数に閲覧可能になっていた……という一件については、研究者側や同人界隈からはもちろんのこと、さまざまな立場から抗議や反論、擁護などが多数飛び交っていたが、私からは以下のまとめにあった意見が比較的冷静で双方に対して公平に配慮されているように見受けられ納得ができた。

話題になってるpixiv論文の件に関して研究倫理問題に少しだけ詳しい人たちによるまとめ – Togetterまとめ 話題になってるpixiv論文の件に関して研究倫理問題に少しだけ詳しい人たちによるまとめ - Togetterまとめ

立命館の「猥褻文フィルタリング論文」問題について思うこと – Togetterまとめ 立命館の「猥褻文フィルタリング論文」問題について思うこと - Togetterまとめ

私個人の見解としては、論文著者側にはおそらく著作権侵害などの法的な責任はまず問えないだろうし、その理由は上掲のリンクにも多く挙げられている。ひとえにこれは「研究倫理」上の問題、さらには表現の自由とか学問の自由とかを持ち出すほどの大げさなものではなく、当事者たちの社会人そして個人としてのデリカシーや想像力の量や質の齟齬、ということに尽きるだろう。単純に、いくら規則で禁止されていないからといって、仲間うちの交換(妄想)日記を内緒で勝手に持ち出されてグループ研究などでクラス中に発表されたり廊下に張り出されたりしたらたまったものではないし、少なくともこの件で取り上げられた同人BLの作者たちはそれに匹敵する羞恥と衝撃を感じたはずだ。

もう少し真面目に言えば、あくまで現状は同好の士どうしが私的に回覧して楽しむ目的のもの(そしてそういう建前において活動や存在を黙認されてきたもの)を、コミュニティ外のそれも大学という公的な組織団体からの公表目的の公的な研究資料として無断で扱われてしまうのは普通に困るな、というのが、件の同人作家側に近い立場心情にある者としての率直な感想である。当人の事情はどうあれ一度WWW上にアップロードした以上は全世界に公表したものと見なされ扱われ、しかも学術研究目的であるならば、所定の形式を守ってさえいれば引用は自由……というのは建前上はその通りなのだが、pixivという一応は「会員制」サイトという運営形式を取っている媒体での、さらに特殊かつクローズドな指向のコミュニティでの作品、それも大半は二次創作というあくまで私的な非公認のもの、つまり公的には(建前上は)「存在しない」ことになっているものを、公的な形式のもとに扱って公表したことで公的に明らかに「存在」するものになってしまったのだ。これがもし全部がオリジナルの創作品だったならば、まだ現状ほどの反発や衝撃はなかっただろう(それでも作者側は不快に思うだろうが)。

つまり、いくつもの「建前」や暗黙のルールによって辛うじて存在を保ってきたコミュニティやその作品が、コミュニティ外からの不意の「乱入」によって望まない形で「公的」な存在になってしまい、そしておのずと実社会上の「公的」なルールの審判に掛けられてしまう、少なくともその危険性が生じてしまったということだ。それも、おなじ研究や批評の題材としてもサブカルチャーや文芸などの分野ならまだしも、人工知能というまったく別の分野の資料となれば、それこそ二次創作やBLといった世界に無知かナイーヴな立場の人々の目に触れてしまう機会が格段に多くなるし、まして表現のフィルタリングというテーマとなると(二次創作が元ネタにしているような作品の)出版社や制作会社などがおそらく相応の関心を持っていると思われるし、それらの側の人々の目に触れる可能性が大いにある(というわけで、掲載元のアドレスや作者名よりもむしろ作品の元ネタのジャンル名やキャラクター名を伏せるべきだったと私は思う)。かりにも(研究)対象として扱っているジャンルの実社会での実態や評価、そしてWeb上にそれを元にした著作をアップすることの意味においてナイーヴに過ぎたのは、同人作者側以上にむしろ論文著者たちのほうだったと言えるだろう。

ただし、件の論文著者の側にしても決して対象への悪意があったわけではないと思う。ただでさえ成果や実績がなかなか世間一般には理解されず対価や評価も得られにくい研究の世界、その状況のなかであえてその道を続けていくには、やはり研究対象や扱う資料にもある程度の関心や愛着が必要ではないのか。そもそも、同人にまったく興味が無いという人間だったらpixivというサイトの存在やそのサービス内容じたいを詳しく知り得ないだろうし、せいぜい「イラストやマンガが好きな人たちが集まって趣味の作品を掲載しているらしいサイト」というくらいの認識しかないだろう。まして、その作品のジャンルの大半が版権ものの二次創作で、そして小説も投稿可能で成人向けの作品も大量に閲覧できる……という実態に通じているのは、多かれ少なかれ自分やその周囲がその同人の文化に関心があり親しんでいる人種なのだ。さらに言えば、フィルタリングという機能がより発展し充実してもっとも恩恵を得られるのは、検索避けやタグ避け、膨大なキャプション等々で神経をすり減らすことなく、それぞれに棲み分けをしながら作品の読み書きが心置きなく楽しめるようになる、他ならぬ同人界の住人たちなのだ。むしろ、当の論文著者たち自身がこれらの二次創作のファンだった可能性も大いにあると私は考える。

たとえこうした憶測を抜きにしても、それこそ一定以上のフィルタリングをすでに経て流通している商業作品にはない、もしくは抑えられそぎ落とされてしまっている嗜好、リビドーそして愛着から生じそして生のままで表される多彩なアイディアや表現、語彙の豊富ぶりというのは、調査研究する側にとってみればこの上なく魅力的な資料の巨大な宝庫ではないだろうか。江戸時代の春画が当時の厳しい規制下で生み出されたゆえに、非合法ならではのあらゆる素材や技法、題材、発想が惜しげもなく投入され、現在は芸術的な価値に加えて当時の風俗や文化の貴重な史料になっているのと同じようなものだろう。しかし、もし当時にうっかり異国の文化人が紛れ込んできてそれらの絵画を「芸術品」もしくは「研究資料」として持ち出してそれが公になってしまったら、もちろんそれらの作者たちも持ち出した異国人のほうも単に「恥ずかしい」どころでは済まなかったに違いないのだ。

結局、創作にせよ学究にせよ、やはり場所や形はどうあれ己の業もしくは探究心を貫く以上はそれなりのリスクや報いを背負う覚悟はそれぞれに必要、ということだろう。もっと端的に言えば、目的や手段に関わりなく自分の机の上のチラシの裏以外に何かを書き表す以上は、それを自分以外の誰かにおのれの望まない形で利用されてしまうリスクは決してゼロにはできないし常にそのことは念頭に置いておかねばならない、ということだ。そして、それはもちろんこの当ブログにも当てはまることなので大いに自戒していきたい。

蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

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