9月 192014
 
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夫はスポーツをやるのも見るのも好き。相談者さんは興味がないので、夫がスポーツ観戦をし始めたら席を外して邪魔をしないようにしている。

一方で、相談者さんが落語なんかを見てると、夫は「落語家なんて今どき珍しくない」とくさす。

夫婦の趣味が合わない問題 – 斗比主閲子の姑日記 夫婦の趣味が合わない問題 - 斗比主閲子の姑日記 このエントリーをはてなブックマークに追加

確かに、夫婦や恋人間での互いの趣味に対する対応というのは非常に大きな問題だ。およそ、自分の趣味や嗜好をまるっと相手に受け入れて貰うのを望んでおきながら、相手の趣味嗜好には無関心……ならまだ良い方で、時には徹底的に拒絶し邪魔をする、という手合いは実に多い。「自分の留守中に趣味の物をごっそり捨てられた」というケースは枚挙に暇がないし、そこまでいかなくとも、上記の記事のケースのように、寄りによって最も親しいはずの人間からチクチク腐され否定されると言うのも精神にはかなり来るものがある。

こういう発言の背景には色々ありますが、一番分かりやすいのは、①自分が面白くないものは、一般に面白くないものだという、自分が世界の中心という 考えで生きている人でしょうか。仕事をしていたり、外で誰かにサービスを提供される際は、こういった殿様っぽい振る舞いはしないけど、家なら何でも許されると思っているんですよね。妻にだったら何でも言っていいと思っている。

後は、②本気でつまらないと思っていて、空気が読めない人だという可能性。

そして、好意的に見れば、③「そんなものより私を見て!」「私の趣味も一緒に楽しんでよ!」といった、構って欲しいという人というのもありえます

上記のサイトでは、対処法として、

  • ①は、「私は面白いと思っているんだから、邪魔しないで」と相手に釘を刺す。
  • ②は、「これなんか面白いよ」と自分のお勧めを相手にシェアしてみる。
  • ③は、相手の趣味も一緒に楽しんでみる。

(※太字筆者)

かつての私のケースを顧みると、症例、対処法ともに③のケースに近かった。いや、元々趣味のジャンルは似通っていたはずなのだが、相手が「この分野はこれから伸びるから!」とか急に言い出して、そのジャンルの自分でDVDやら資料やらを集め出したはいいが、それと同じものを私に買ってくれ、と言う。「それじゃ、同じものなら貸してよ」と言っても、色々訳が有ってそれはどうしても出来ない、ぜひ私にも買って観て欲しい、同じ苦労や体験を分かち合って欲しいんだ、実際どれも面白いし、損はしないはずだから!……としきりにせがまれ、レンタルしようにも、作品のどれもこれも、そもそもジャンル自体がマニアックなので近所のショップなどでは見当たらず……というわけで、一般のDVDよりも割高なそれらを自費で購入する羽目になった(もちろん、本来欲しくて買う予定だったCDやらDVDやらは諦めたうえで)。

まあ、私の趣味嗜好だって、一般には忌避されやすい種のものであり、それを相手にだって受け入れて貰ってるわけだからお互い様だよね……と納得したうえで、実際観てみたらそれなりに面白く楽しめたので、元は取れたとは言わないまでも、彼のお陰で自分だけではおそらく経験し得なかったはずの体験が出来た、と前向きに感じられるほどのものではあった。

というわけで、以上の作品の感想を述べたところ、以来、彼からは、次々に「おすすめ」の作品やらグッズやらの購入を暗に要求されるわ、作品に関してのブログを開設したからヘッダーのデザインを手伝って欲しい、記事を書いたから読んでくれ、そして感想を書いて欲しい、でも知り合いとばれると困るからHNは記事毎に変えてね……そして、それらの作業やら返信やらがちょっと遅れたり放置していると、「何でやってくれないんだよ!急いでるんだよ!」とか文句たらたらで催促してくる(こっちにだって、やらなきゃならない自分の仕事や、どうしてもやりたい趣味とかは当然あって、どれもこれもそれらの時間を少なからず割いたうえでの受注だというのに)。

そんなある日、彼がとある作品を紹介して曰く、「これは最近、海外じゃ凄い評価されてて賞も貰っているんだ。きっと日本でも話題になると思うよ。今のところは、こうして気付いて採り上げているのは俺くらいじゃないかな」

私がそのタイトルを見たところ、その少し前にたまたま私的にネットサーフィンをしていて見かけたもので、それに関しての感想や批評を書いた日本語の記事やブログも片手に余るほどには散見していたので、何気なく「ああ、それならもう知ってるよ。それについての記事も読んだことあるし、日本でもファンの間じゃ随分前から話題になってたみたいよ」と、本当に何気なくさらっと返答したところ、彼はいきなり語気を荒げて、

「その言い方は何なんだよ! だいたい、知っていたなら何でもっと早く教えないんだよ!」

あまりの憤慨ぶりに私が困惑しているところへ、彼は繰り返し私の口調を真似つつ、ぶつぶつと私への非難を繰り返した。こういう立場の自分に対してその言い方は無い、だいたい、自分がこれだけこの分野にはまっているのを側で見ていながら、その情報を教えることすら思いつかないなんて冷たすぎる、機転が利かなすぎる……。

「いや、そんなに熱心なんだから、とっくに知ってると思ってたし……そもそも、あなたに合わせて付き合って見てたけど、さすがにそこまで私は思い入れなかったし……」とか私は反論しつつ、内心ではすっかりその一連については醒めてしまっていた。せっかく、その時点では私もそのジャンルに興味や楽しみが湧いてきていたし、ゆえに件の作品も頭に残っていた、というのに。というわけで、その後はお察しの通り、そのジャンルからも彼からも遠ざかったというわけだ(無論、それだけが原因ではないが)。

 

やっぱり、わたしにとっては、愛も欲しいがそれよりも自由が欲しいし、そして、目下趣味方面に関しては限られた時間と金銭内ではあるが、少なくとも些末な用事を持ち込んではそれに対する見返りの薄い他人の干渉の無くなった、今の自由こそが尊くかけがえのないものだ、ということだ。

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  1 コメント to “【エッセイ】愛と趣味との狭間で —ともに楽しもうとした結末—”

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