響け!ユーフォニアム 吉川優子
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(更新:2023年9月9日)

【感想・批評】『響け!ユーフォニアム』吉川優子の慟哭 —それでも私は「愛」を叫ぶ—

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TVアニメ『響け!ユーフォニアム』公式サイト[browser-shot url=”http://anime-eupho.com/” width=”240″ height=”135″]

前クールで放送され話題になったアニメ『響け!ユーフォニアム』、長年低迷していた北宇治高校・吹奏楽部になぜか凄腕の顧問が入ってきたことで部員たちが急激に成長し、全国大会を目標に邁進していく過程と、その部員たちの様々な人間模様や心理を描く……という、一見では王道のストーリーなのだが、このアニメの特筆すべきところの一つは、そういう通例の王道の「スポ根もの」「青春サクセスストーリー」ではスポイルされてしまうようなやシチュエーションやキャラクターにスポットを当て、しかもフラットかつ丁寧に描写し愛着あるキャラクターに仕上げているところである。たとえば、後半の展開から好感度が飛躍的に上昇した2年生の中川夏紀など、その筆頭に挙げられるだろう。

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『響け!ユーフォニアム』第10話「まっすぐトランペット」感想 〜 中川夏紀が「いい人」だという話 〜 – ナイフとフォークで作るブログ 『響け!ユーフォニアム』第10話「まっすぐトランペット」感想 〜 中川夏紀が「いい人」だという話 〜 - ナイフとフォークで作るブログ このエントリーをはてなブックマークに追加

そして、私的にはとりわけ感慨深いエピソードが第10話&11話の、コンクールにおいて最大の見せ場であるトランペット・ソロパートを巡る、主人公・黄前久美子の友人の1年生・高坂麗奈と3年生で吹奏楽部内のアイドル的存在である中世古香織とのオーディションに至る展開とその顛末である。

ルックスも性格も万人が認める良さで、気配りや思いやりに長けていて同輩にも後輩にも人望が厚く、活動の上でも努力を欠かさず実力も充分に備えており、にも関わらず長年不遇をかこっていたのがようやく最後の晴れ舞台のチャンスに恵まれかけたところへ、その唯一最後の機会を傲岸な天才ルーキーにあっさり奪われてしまう……極めて残酷だが如何せんスポーツなどの競技ではよくある事例ではあると思う。そして、そういう事態に当の本人たち以上に周囲が納得できずに反感や反発を露わにする、という状況もまたよく起こっているのではないかと思う。この『響け!ユーフォニアム』においては、1年生の麗奈にトランペットのソロを奪われた先輩の香織本人よりも、香織をもっとも慕う2年生で同じくトランペット担当の吉川優子の憤りが激しく、そんな彼女が尊敬して止まない香織のソロ奪回を画策して、単身で陰に陽に奔走(?)する有り様こそが10話&11話の真の見どころである、といっても良いだろう。

この二話を通じて吉川優子というキャラがやらかした所業と言えば、後輩の麗奈と顧問・滝とのあえて伏せられていた「関係」を聞きつけ暴露してオーディションへの疑義を生じさせ、部内全体を動揺に導いた結果ホール練習の機会を割いたうえでの麗奈と香織の再オーディションという事態を招き、あまつさえ香織の分が悪いと見るや麗奈当人をひそかに呼び出して彼女に八百長を迫る……という、傍目に見れば二昔は前の少女漫画のヒール脇役そのものであり、その行為自体はまったくもって擁護の余地も無く、総じて幼稚な醜態としか言いようがない。案の定、再オーディションは主人公・久美子の後押しもあって麗奈が圧倒的な実力差を見せつけ、肝心の香織が部員全員が見守る前でみずからあらためて敗北を認めソロを辞退せざるを得なくなる、という「最悪」の結果を招き、そういう事態を招いた張本人の優子といえば、そんな香織の姿を目の当たりにして人目も憚らず号泣して終わる、という体たらくである。 ……にもかかわらず、その11話を見終えた後では、私などはそんな彼女を嫌悪するどころか、なぜかともに彼女に寄り添って涙ぐみたくなるくらいに感情移入してしまったのだ。

『響け!ユーフォニアム』 11話の感情、或いは吉川優子の物語 – Parad_ism 『響け!ユーフォニアム』 11話の感情、或いは吉川優子の物語 - Parad_ism このエントリーをはてなブックマークに追加

でもね、そうじゃない。そうじゃなかったんですよ。偽善とか、香織先輩によく思われたいとか、麗奈がムカつくからとかそんな幼稚な考えで物語を引っ掻き回していたわけでは決してなかったし、ましてや見返りが欲しくて倫理を外れた行動を起こしたわけでも決してない。ただ彼女は信じたかっただけなんです。自分が信じた青春を。自分が憧れた風景を。初めて恋した旋律を。そうした “夢” とさえ置き換えられる何もかもを、彼女はただ必死に守ろうとしていただけなんです。

彼女が香織のソロに執着するのは単に香織に身を挺して庇ってもらっていたからとか、人柄や振る舞い、容姿に憧れていたからのみではなかった。本当に、心底から純粋に香織のトランペットに惹かれ、愛していたのだ。優子は麗奈のソロが香織よりも「優れて」いることは内心では認めていたが、それでも彼女がずっと「愛して」きた、そして今でも最も「愛して」いるのは香織の奏でる音だったのだ。音楽のみならず表現においては、それぞれの受け手にとって必ずしも「最高」のものが「最愛」になるわけではない、ということだ。優子にとっては、香織のトランペットの音色には、自分と香織との過去のいきさつや思い出のすべてがその奥に込められている。そして彼女にとっては、それらの過去、想いの一切の昇華としての「香織のソロ」を聴くことができるのは「今年の大会」という場をおいて他には断じてあり得ないわけだ。

もちろん、ほんらい演奏はじめ芸術作品は独立して評価すべきもので、こうした背景や事情を含めて判断をするのはフェアとは言えないだろう。それでも、受け手にとっては表現とはやはりそれが生み出され、そして受け入れられた過程というのも完全に切り離すことはできないのではないか。(現に、たとえば物語冒頭での入学式での北宇治吹奏楽部のヘロヘロな演奏であっても、それなりに心惹かれて入部したりする新入生もいたわけだ)。むろん、そういう背景や感情に囚われず、あるいはその背景や感情を考慮に入れた上で冷静かつ公平な判断を下すのがオーディションの本分であり、顧問の滝に対しては情実による判断を大っぴらに疑ってみせながら、自身はもっぱら私情による香織の支持と擁護に終始する彼女の行動はやはり吹奏楽部部員として、曲がりなりにもプレイヤーの一人として褒められたものではないだろう。

しかし、その私情に走ってしまったのも、他ならぬ彼女自身が香織と同じくトランペットに打ち込み、そして愛してきた一人だからだ。入学以来、ともに部内の軋轢や争いに心身をすり減らしつつも、同じくトランペットパートの一員としてずっと香織と並んでそれを奏でてきたからこそ、同じプレイヤーとして同志として、我が事として彼女の苦悩を痛感し望みを分かち合うことができる。そして、それゆえに優子は初めから「自分たち」が敗北するであろうことは心の奥底では分かっていたのだと思う。しかし、その敗北を潔しとして、その旋律をあっさり封印することには耐えられなかった。それが無様な悪あがきでしかなく、たとえ同じ結末であったとしても、より惨めに深く傷つくことになったとしても、高坂麗奈という栄光の旋律の影に「自分たち」の物語、旋律が確かに存在したことを、一つでも多くの記憶に刻みつけておきたかったのだろう。それがたとえ報われない悲喜劇、という形であったとしても。そして、それは香織にとっても同様だったにちがいない。

吉川優子の、流すはずじゃなかった涙について ~『響け! ユーフォニアム』11話~ – あにめマブタ 吉川優子の、流すはずじゃなかった涙について ~『響け! ユーフォニアム』11話~ - あにめマブタ このエントリーをはてなブックマークに追加

こ のシーンでは、中世古先輩が質問に答える前、少しだけ身じろぎした瞬間、トランペットが光を受けて輝くのが美しい。中世古先輩が「私が好きなトランペット」に正直であろうとする第10話および第11話のラストで、トランペットは光を放つ。中世古先輩も優子によって、自分が「トランペットが好きである」ことを、やはり思い出すことができたのである。

しかし、香織もまた本当に心からトランペットを愛し、そして自分のこれまでのトランペッターとしての自分に誇りを持っていたからこそ、麗奈の実力を潔く認め、身を引くことができた。 むしろ、みずから幕を下ろすことで自分の旋律を美しい形で葬った、と言っていい。現実とはかくも理不尽で、芸術は残酷なものだが、その残酷を乗り越える力を与えるのもまた芸術への「愛」である。なにより、 香織のトランペットは麗奈のように万人の心を動かすには及ばなかったかもしれないが、それでも、少なくとも吉川優子という一人の少女の心には確実に響き、 揺り動かすものであったことは揺るぎのない事実であり真実なのだ。

しかし、やはり私はあの終局での優子の涙にこそ心を揺り動かされてしまう。やはり、心の奥底での香織の想いすべてを代弁したのは彼女の号泣だったに違いない。傍目に見れば幼稚ではた迷惑な行為でしかないのだが、それでも、泣き叫ばずにはいられない、そうしなければとうてい浄化できないほどの想いが、「愛」が彼女にはあった。彼女たちにとっては確実に存在した一つの旋律が、物語が、他ならぬその主役の手によって完全に喪われ、しかし彼女たちの心には確実に残った。あの場所に居合わせた何人かは彼女の本当の想いを、愛を理解したうえで許したのだろうし、ある意味では認めていたに違いない。そして、香織にとっても幾ばくかの救いになったと思うし、なにより私を含めた少なからぬ視聴者にとっても、確かにある種のカタルシスをもたらしてくれたのだ。

つねに「正しい」振る舞いや判断のみが人を救うとは限らない。音楽が、芸術が、そして現実が不条理で残酷なものであればあるほど、たとえ詮なきことではあっても、その残酷さに対して慟哭すること、慟哭しながらなおも「愛」を叫ぶ存在が慰めになりうるし、存在してもよいのではなかろうか。

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ジョージ・ハリスン & フレンズ コンサート・フォー・バングラデシュ

 

蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

2件のコメント

  1. 僕もこれぐらい自分の考えを文字に乗せることができる文章力が欲しい。優子の涙の理由、その文章化できないだろうなにかを可能な限り表現したい。

    1. ありがとうございます。
      しかし、どれだけ言葉を尽くしても表現しきれない心理や情景をリアルに実感をもって再現できるのが映像作品ならではの魅力で、そして、この「ユーフォニアム」という作品はとくにそうした描写に優れていましたね。
      今秋に始まる第2期も楽しみです。

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