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(更新:2023年10月4日)

【感想・批評】朝ドラ『まれ』はやはり「明るい悪夢」だった

朝ドラ『まれ』がとうとう最終回を迎え、様々な感想や批評が飛び交っているが、私の観測範囲ではやはりネガティヴな評価が大半である。そして、私も以下の記事を書いて以来は、それほど熱心に視聴していたわけではないのだが、やはり「決して駄作ではないがお世辞にも佳作とは言えない、意欲作ではあるのだろうが失敗作」という印象である。

【感想・批評】朝ドラ『まれ』に通底する「明るい悪夢」感

こちらの記事でも書いたように、当初の私はヒロインの希がその舞台の能登、そして横浜での他者との交流や出会いを通して「決して悪人ではないし悪気もないのだが、それ故になおさらやっかいに拗れた重症の毒両親、とくに母親」から精神的にも離れ、本来の自分を取り戻し、みずからの夢に正直に生きて成長し、その上で両親との関係も客観的に見た上で昇華し、再構築していくのだろうと期待していた。しかし、実際の展開といえば、いちどは母親から離れて横浜に旅だってそれなりに修業を積んでも、圭太と結婚して自分の所帯を持っても、自分の店を開業しても、二児の母となっても、結局は終始この両親の存在や呪縛が有形無形に付きまとったままで、物語の最後まで希自身がその歪みを解決どころか、そのことを自覚すらできないままだった、ように見える。

確かに、誰しもが人生で明確な目標を持って的確な決断を下して実行できるわけではない。傍目には間違った選択をしたり、状況に流されてしまったりすることがむしろ殆どだろう。もちろん、東京やフランスに行ったからといって必ず大成できるわけではないし、全国的世界的に華々しくキャリアを繰り広げていくことが必ずしも自身の幸福に繫がるとは限らない。地方に根を張って家族とともに地元で求められるものを地道に提供していくというやり方が、コンクールで世界一になったり、一流ホテルにスカウトされたりマスコミの寵児として持て囃されることに劣るわけでは決してないのだ。しかし問題は、そういう選択に至るまでの希の選択なり決意というのが、その是非はさておき、真に希自身の心からの情熱や自身の熟慮の結果のしてのものではなく、実際には明に暗に周囲の、とりわけ両親、とくに母親の(無意識の)抑圧、プレッシャーを無自覚なまま受け入れて過剰に応えようとしたゆえの状況にしか捉えられない、というところなのだ。

思い返せば、はじめパティシエを諦めて公務員に就職したのは母親の願望、そして退職は祖母の独断によるもの、それからさんざん大騒ぎしてなんとか採用に漕ぎ着けスーシェフにまで昇格した店を退職しフランス修業を断念したのは父親のトラブルと夫の都合、そして塗師屋女将修業も夫のため、そしてそれまで渋っていたケーキ屋開店に腰を上げたのは再度の失踪時に残した父の意志、さらに母親になってからのコンクール参加も弟子や師匠の(勝手な)応募だったり……と、自分自身の人生の局面において、肝心の希自身が主体的に動いて行動したり選択したりした機会というのがどうにも少なく、多くは希にとってその時々の「大事な人、大事な家族」の思惑や意見や都合で動かされている感がある。その上、彼女自身はその時々や場合に応じて相手への期待に応えようと必死で行動して足掻いているだけなのだが、その度に「その外の他人」への配慮に欠けていたり気遣いを無下にする結果になってしまい、ストーリー上では周囲に多大な迷惑や負担を掛け、多くの視聴者の反感を買うことになってしまったのだ。

さらに言えば、希のパティシエという夢のきっかけ自体が、幼少時代に自分を振り回しどうしだった父親が唯一与えてくれた「人並みの子供らしい、女の子らしい体験」でありそして「家族らしい楽しい思い出」の象徴だったからであり、何より「家族が、なにより父親が喜んでくれるから」というもので、ストーリーを通じても純粋にケーキ作りが好き、ただ何をおいても自分にとって最高に美味しくて綺麗なケーキを作り出したい……という気持ちがあまり伝わってこないのだ。加えて、成功を求めては失敗する度に破産や失踪を繰り返す父親と、そんな父親に依存したきりの母親の態度を目の当たりにしてきた彼女は「失敗(して相手に嫌われる、拒絶される)」を極度に恐れるようになり、その恐怖から生じる強迫観念からしばしば視野狭窄に陥り、かえって空回りや計画倒れを繰り返す。心理的にも思い切った挑戦ができず周りを顧みる余裕がないので美的センスもなかなか磨かれない。彼女の行動原理というのは実は家族や周囲への献身というよりは自己防衛、自己保身の要素が大きくて、能登への帰還も家庭と本業との両立にしても、精一杯の努力の結果のやむを得ない選択ではなく、なんだかんだで自分を受け入れてくれそうな家族やコミュニティの側にみずから逃避して、自分の可能性や成長、自立の機会をおのずから封じているように見えて、その辺りも視聴者の共感を得にくかった理由だろう。

結局、希はストーリーの最後の最後まで自分のために生きていないし、そもそも元から自分の願望を持ったことがない。自分を守るために周囲の期待や願望を自分の願望に置き換えて思い込もうとし続けていたのだ。そして、彼女をこうした状況に追いやった元凶は他ならぬ希の両親、とりわけ「健気で献身的な妻そして母」という立場を無自覚に利用して夫や子供たちに依存し、終始自分の領域に縛り付けようとしていた母親の藍子なのだが、(私が期待していたような)この二人に対する総括はストーリー内では遂に成されなかった。父親の徹は一見「成功」への囚われからは脱したようにみえるが、「家族(娘)の夢を応援する」といえば聞こえは良いが、要は妻同様の家族への己の願望の投影、という形でむしろ後退してしまったように感じるし、藍子も最後まで己の欺瞞やエゴを自覚せず成長しないままで、再び夫との閉じた相互依存の関係に戻ってしまったようにみえる。

これらも含めて、この『まれ』で描かれる「夢」というのは総じて夢は夢でも悪夢、親たちが子供たちに掛ける呪いのようにすら思えてくる。ドラマのナレーション役でありマスコットとしてもアピールされていた「魔女姫」なども、存在自体が希の祖母の代からの「夢」という以上に、その代々へ受け継がれる「親」の呪縛の象徴という意味合いを強く感じてしまう。もっとも、最終回では希は一見、結婚式の場で自分のこれまでの半生を家族も含めた衆目の前で語ることで、その「夢」や家族の絆というものの負の面も含めて受け入れて、ともに背負って生きていく覚悟を決めたように見える。しかし、最後の最後に幼い頃の両親と弟との家族写真のショットで終わるところ(つまり、自分の夫と子供、そして弟の伴侶と子供は含まれない!)で、彼女の病理の深さの一端を見て、結局彼女は最後まで母親同様に、自分の本当の人生の問題、元凶には気付くことは出来なかったし、したがって今後もその呪縛から逃れることはできないんじゃないか……という不安を、余計なお世話ながら抱いてしまったのだ。つまりは、家族愛そして郷土愛の名のもとに永遠に「夢」だけを求め続けながら、その実、両親の作りだした「夢」のいう名の業に囚われ、どれだけ拒絶しても足掻いても、その業から一歩も出ることなく生き続けるしかない悪夢……それが『まれ』という物語の正体だったのかもしれない。

結局、少なくとも今の日本社会の現状で、とりわけ女性が「主婦」「母親」以外の「夢」なり目標なりを実現して継続するには半端な両立などは考えず望まず、やはり人並みの結婚や家庭は諦めて犠牲にしなければならない、そして時には家族や郷土のしがらみ一切を捨て去らねばならない。加えて、毒親や毒家族とは半端な情や世間体に囚われることなく、四の五の言わず心を鬼にして断固として未練や期待を捨ててその腐れ縁を断ち切るべし、そうしておかないといつまで経っても自分の人生を浪費する羽目になるばかりでなく、自分の子や孫の代にまで負の連鎖が続き、その悪影響は周囲の親戚知人まで及ぶことになる……というメッセージを、そのストーリーや演出そのものに反語的に込めていたとするなら、やはり『まれ』というドラマはそれなりに侮れない作品ではあるかもしれないが、いずれにしても大半の視聴者には伝わっていないどころか不快やフラストレーションを与えただけなら、やはり失敗だったと言わざると得ないだろう。

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