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(更新:2023年10月4日)

【感想・批評】朝ドラ『まれ』に通底する「明るい悪夢」感

喜劇と悲劇は紙一重、とは言うが、今期のNHKの朝ドラ『まれ』を観て現時点で私が思い出したのが、かの古典人情コメディー漫画『じゃりン子チエ』である。

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はるき悦巳

明るく生活力に溢れ実年齢以上に達観した言動を繰り広げるヒロイン、根は良いのだが「大人」になりきれずトラブルばかり起こして妻子を困らせ続ける父親、そんな父親(夫)と付かず離れずの状態を続ける(一見)大らかでしっかり者の母親、そんな彼らを見守ってフォローに努める個性豊かな周囲の大人たち(総じて女性陣がタフで男性陣がやや頼りない)等々……の共通点が今のところこれらの作品から見出せる。何より、「冷静に考えてみたら、この物語の中では面白おかしく憎めない雰囲気で描かれてるけど、もしこういうシチュエーションが『現実』だったら単に『いい話』では済まされないよなあ……」とふと気付かされて我に返るところとか。

『まれ』でも『じゃりン子チエ』でも、父親もしくは夫のダメっぷりにさんざん迷惑を掛けられて文句をいいつつも愛想を尽かしきる事ができず、結局ヒロインや妻、とりわけ妻の方は彼らを許して受け入れ続けてしまっていて、そして周囲も彼らを「愛すべきダメ」「憎めない奴」という認識で許容しているのだが、実際の状況として、その彼らの父親として社会人としてのダメさというのは彼らの子供たちの人生にかなり重大な実害を与えてしまっている。『まれ』のヒロイン・希とその弟にしろ、『じゃりン子チエ』のチエにしろ、進学までは本人の意志や努力次第である程度何とかしようもあるが、これがもし結婚ともなると、ろくに定職にも就かず破産や借金を繰り返したり、もしくはバクチやケンカに明け暮れる前科者の父親の存在を、当の結婚相手本人はまだしも、その親兄弟がそれこそ彼らのご近所の面々のように「愛すべきダメ」として快く受け入れてくれるという展開は「現実」の世間ではどうにも想像しがたい。いくら、彼らの父親が心ではいかに子供たちを愛しているとしても、彼らの「大人」としてひとりの人間としての未熟さが、確実にその愛する子供たちの将来を損ない、何より子供たちの現在の「子供らしさ」を奪ってしまっているのだ。そして、彼らの母親たちといえば、自分ひとりがそういう夫の体たらくを達観して受け入れるのは良いとしても、その己の伴侶が子供たちにもたらすであろうそうした展開には、あまり考えが及んでいるようには見えなかったりする。

そもそも、小学生の身空で率先して我が家の経済事情を案じ、物心両面で親に頼るどころかむしろ年相応の我が儘や感情を抑えてまで親のフォローをし続けなければならず、その上学業もそこそこに家事はおろか家計を支えるために働かなければならない状況、というのはどう取り繕って描写してもやはり不健全と言わざるを得ない。これが親の不慮の事故とか病気とか職場の倒産、リストラなどの不可抗力な事情ならまだ納得のしようもあるのだが、当の子供からみてもあからさまに親のほうの問題が大きい、いや明らかに親のせい、というのが丸分かりな状況なわけだ。

そして、それを分かっているからこそ子供の方は親は最初から当てにせず、いくら悩んで悲しんでも不満を訴えても無益なことは既に思い知っているものだから、そういった負の感情を吹っ切って、他ならぬ自分自身を奮い立たせ支えるためにつとめて明るく気丈にふるまうのだが、それの上辺だけを見た周囲の大人などは「しっかりして大人びた良い子」と賞賛し、時には自分の子供などに「あなたも○○ちゃんを見習わなきゃダメよ」とか言ってたりするし、あまつさえ当の実の親が「○○ちゃんはしっかりして良い子だから助かるわ」とか宣って子供を放置するどころかさらに頼ってきたりするので子供の方は色んな意味で後に引けなくなるし、また方向性はどうあれやはり自分を褒められ認められるのは悪い気はしないし嬉しいので、さらに親や周囲の期待通りのキャラクターを演じて本来の自分の感情や考えは(無意識のうちに)抑圧してしまうのだ(かの『海街diary』にもまさにそんな場面が出てくる)。

朝ドラ「まれ」が絶望的なほど暗いドラマな件 – 仕事は母ちゃん 朝ドラ「まれ」が絶望的なほど暗いドラマな件 - 仕事は母ちゃん このエントリーをはてなブックマークに追加

希に向かっても「自分のことだけ考えていたらいい」としきりに言うのですが、自分のことだけ考えてられない状況だから家族の行く末を子供が案じてるんだろー!しかも「希はしっかりしてるから心強い」とか言っちゃって子供が子供らしくないことを心配してるそぶりがない。出会ったばかりの元治のほうは心配して希に話しかけてるのにさ…。

しかし、そういう抑圧というのは、本人がいくら「しっかりして」「明るく」「健気に」振る舞ってやり過ごしてきたとしても、むしろその時間が長ければ長いほど深く、欠落も我知らず大きくなるのである。実際『海街diary』の姉妹たちのストーリー初期の状況をみても長女は不倫、次女は筋のよくなさそうな年下男ばかりに手を出して失敗をくり返し、比較的まともな三女も彼氏?はかなり年上だし、異性関係だけをみても程度の差はあれ、当人たちの無自覚なところで歪みが現れてしまっている。『まれ』のヒロイン・希も『じゃりン子チエ』のチエも、現実世界だったら長じて高確率で自分の父親と似たようなダメ男に引っかかってしまいそうな危うさは感じる。実際、上掲の記事にもあるように、『まれ』の母親の藍子なども一見陽気でおっとりしているように見えるが、現在までの展開からも夫以上の病理を背景に抱えていそうなのが察せられる。

フィクションでも現実でも「ダメな夫の代わりに奮闘するしっかり者の妻」というのはよくある構図だが、実のところ本当に「しっかり」していたら元からそういうダメ人間は伴侶に選ばないし、何よりはじめから付き合いもしないし接点すら持たないはずだ。前時代のようにそれこそ家の都合で顔も知らない相手と娶せられるというのでもない限り、やはり夫婦や男女で片方が専ら救いようのない悪なのに片方がまったく非の打ち所もない聖人、という事例は滅多に有り得ず、ほとんどはそういう相手に一時でも惹かれて選んでしまった方にも何らかの欠落や欠陥は少なからずあるはずなのだ。『まれ』の今後の展開では、そのうち藍子と夫の徹との出会いなどの過去も次第に明かされていくのだろうが、藍子はおそらく彼女自身が相当の毒親育ちなのではないだろうか。そもそも着の身着のままで実家も親類も頼れず、見ず知らずの土地を移住先に選ばなければならない時点でかなり複雑なものがあるし。結婚の時や結婚後の徹の数々のやらかしのせいで仲が拗れているのかもしれないが、さすがに移住後7年の間、何らかの援助は無理でもせめて心配して尋ねてきたり連絡して来たりする身内は一人もいなかったのだろうか?(『ぼくんち』の主人公姉弟ですら最終的には幼い弟を引き取ってくれる親戚が出てきたというのに)

タイトル

作者名

幸い、希の場合は間借り先の桶作夫妻はじめ周囲の大人や友人たちに恵まれ、パティシエになるという夢も含めて本来の自分を取り戻して本当の意味で成長し自立していくのだろうし、両親をめぐる問題にも前向きな解決が用意されているのだろう。『じゃりン子チエ』のチエもまた、町内の大人たち(&猫)に見守られながらホルモン焼き屋を切り盛りしつつ逞しく生きていくことだろう。しかし、現実には彼女たちのように何だかんだでの愛情や好意や幸運にばかり恵まれるわけではない。それこそ、たとえ子供自身がいくら健気に前向きにふるまい友人に慕われ、夢に向かって努力していたとしても、最悪の場合、川崎で惨殺された中学生少年が遭ってしまったような悪意や暴力が溢れているのが「現実」なのだ。

そういえば元々これらの作品、明らかに「ファンタジー」として作られている。『まれ』はナレーションを務めているのが希が身に離さず持っている人形、という設定だし、『じゃりン子チエ』に至っては猫が二足歩行し人語を操る世界観である。つまり、他ならぬ当の作者サイドが「この作品はフィクションですよ、ファンタジーですよ、作り物ですよ。だからあくまで『現実』とは区別した上で楽しんでくださいよ」という了解を視聴者の側に求めている、と考えられるのだ。むしろ、こういうシチュを「明るく」描いてしまうところにかえって作者の秘められた絶望やトラウマの深さを感じ取って、暗さや恐怖すら抱いてしまう……という人は少なからず存在するのではないだろうか。そして、まさにこの手の作品を観てそういう不穏さや不安を覚えてしまう側と、ただただ「人情溢れる爽やかコメディー」と消費できてしまう側との間には決して埋められない断絶があり、そしてまさにそれこそが現実における悲劇であり絶望である、と思うのである。

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