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(更新:2023年9月9日)

【エッセイ】自分の「選択」というのも運命の一環なのかもしれない

最近のネット上では「ブログ飯」などと称して自分のブログに記事や情報などを掲載しその広告などから得られる収入のみで生計を立てていく、いわゆるプロブロガーという職種が注目や話題を集め、現在の職業からの転身を試みたり時には学生の身で飛び込んでいこうという人々もネット上ではよく見られる。そして、もちろんそれらの志望者に対して現実的な見解で冷や水を掛ける言説も最近目立ってきている。

25歳女、新卒で入社した会社を2年で退職しました。 – まじまじぱーてぃー 25歳女、新卒で入社した会社を2年で退職しました。 - まじまじぱーてぃー

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アルファブロガーから見てもブログ飯は絶対無理 : 人類応援ブログ アルファブロガーから見てもブログ飯は絶対無理 : 人類応援ブログ

『あのバカは荒野をめざす』小学館文庫―藤子・F・不二[異色短編集]3より
『あのバカは荒野をめざす』小学館文庫―藤子・F・不二夫[異色短編集]3より

たしかに、彼ら彼女ら有象無象の「プロブロガー」およびその志望者たちに対してその目論見の甘さを揶揄し、無知無策ぶりを批判することは実にたやすい。この社会の大半の仕事というものは、それぞれの成員が時間とその身自身を切り売りすることで成り立っているのであり、つまりはいずれも「売春」と大差なかったりするのだ。ボリス・ヴィアンが自作の小説内で述べたとおり「自分からやるつもりになったものは金にはならない」のだ。コナン・ドイルが本来書きかった歴史小説や詩の執筆に時間を割きたいがために『シャーロック・ホームズ』の連載を止めたがり、一度は主人公のホームズを死なせてしまったのはあまりに有名な話だし、『赤毛のアン』の作者モンゴメリは終始純文学に憧れていたにも関わらず「通俗的」な少女小説である『アン』シリーズばかりを要求され、また家庭の経済的な事情からも続編の執筆を余儀なくされた結果うつ病を悪化させてしまったという。そして、かの藤子・F・不二雄なども『ドラえもん』を描き続けるのと引き替えに本領のSF短編の創作の余地を少なからず犠牲にしなければならなかったようだ。

藤子・F・不二雄『カンビュセスの籤』|たまゆら 藤子・F・不二雄『カンビュセスの籤』|たまゆら

確かに、圧倒的代表作、『ドラえもん』にも、藤子・F・不二雄の魅力はあふれている。だが、主人公が商標として一人歩きしてしまうという児童漫画特有のジレンマゆえ、『ドラえもん』からは、作品としての力は悲しくも殺がれている。藤子・F・不二雄の力量を知る者としては、商業的に生産されざるをえなかった 数々の作品を読むのは実に痛々しい。晩年を『ドラえもん』の執筆に注いだ藤子・F・不二雄にあって、『ドラえもん』を描き続けることは、決して望んでのことではなかったのである。

結局、いかなる職種であっても「好きなこと」のみを親しんで収入を得る、ましてそれで生計を立てるなどというのはほぼ不可能といっていいだろう。本当にこの世で真の意味で「自由」に生きるためにはそれこそどこぞの某六つ子たちのように、一切の職も公的な立場も拒否する代わりにニートや引きこもりという「何者でもない」存在として終生底辺に甘んじるしかない。とはいえ、ブロガーに限らず、こうした現象はいつの時代でもありふれたことだ。インターネット普及以前にも派遣業やフリーターなどが持て囃された時期があったのだし、以上の記事にもあるとおり、社会的に認められてそれなりの保証のある職業分野というのは、すでにそのシステムが完成しているだけにその中での自分の将来の展開や可能性もほぼ決定されてしまうわけだ。まして、現在のように経済不振が一向に解決せず現状維持もままならない状況とあっては、それよりも未知未開拓(に見える)分野に万に一つの望みを掛ける、という発想が増えてくるのはもっともなことだ。まして若い世代ならなおのことだろう。

『あのバカは荒野をめざす』小学館文庫―藤子・F・不二[異色短編集]3より
『あのバカは荒野をめざす』小学館文庫―藤子・F・不二夫[異色短編集]3より

そして、たとえこれらの人々をいくら「経験者」や人生の「先輩」といった立場から道理を説いて阻止しようと試み、そしてそれは極めて真っ当な態度なのだけれども、やはりそれらに対する効果は大して期待はできないと考える(もっとも、こうした批判や忠告をする人々自身も元から彼らを本気で改心や説得をしたいとかできるとかはさほど信じていないだろうが)。結局、プロブロガーや小説家、マンガ家、野球選手等々を目指すとか、起業とか投資とか結婚とか、いずれも当の本人が実際に生身で失敗を身を持って経験し心身に取り返しの付かない傷と後悔をひとり背負う、という思いをしないかぎり、それらの批判や忠告を真の意味で思い知り、そして学ぶことはできないのだ。それが傍目にはどれほど達成の見込みがないどころか愚かしい選択であり無謀でしかない行動であってもだ。まして真の経験や勝負というものを未だ知る立場にない若者ならばなおさらだ。むしろ、こういう人生における「痛い目」というのは早ければ早いうちに思い知っておいた方がそれこそ傷は浅くてすむのだ。それでも、相手が血を分け生活と人生をともにしている家族というならば、それこそこちらが痛い思いをして遺恨を背負ってでも止めねばならぬ状況というのはあるだろうが。

『あのバカは荒野をめざす』小学館文庫―藤子・F・不二[異色短編集]3より
『あのバカは荒野をめざす』小学館文庫―藤子・F・不二夫[異色短編集]3より

しかし、あらためて藤子・F・不二夫のSF短編作品の数々を読み返してみると『ドラえもん』などの児童向け作品との雰囲気や世界観のあまりの落差につくづく驚き戸惑う。なにしろ、子供たちに向けてはあれだけ「タイムマシン」を自在に操り自由に時間も空間も行き来しながら胸躍る大冒険を描いてみせる一方で、「大人」向けのSF短編では「タイムマシンは実現不可能」と断言し、その理由を実に一分の隙も無い論理であっさりと作品として仕立ててしまったりするのだ。まさに藤子Fという人こそは夢と希望、願望と理想、そして現実とを冷静に峻別して考え扱い、そしてその上でそれぞれを精巧に具現化して作品として冷静に提示することができる真の賢者であり人生の達人であり、そして歴とした「大人」であったと言えるだろう。

彼は平凡な個人のちっぽけな人生におけるエゴや逡巡を哀感を込めて描き出しながら、その心や存在そのものが宇宙の摂理や歴史の偶然の前にはあっけなく狂わされあるいは一瞬のうちに失われてしまう有り様を残酷なまでに淡々とした筆致でなぞっていく。これらの作品世界のうちではたとえば『カンビュセスの籤』などを筆頭に、おのれの選択がそのまま自身の存在どころか人類の存亡にまで関わってしまうという事態や局面が幾度となく現れるのだ。そして、どれだけ文化や技術が進歩しても、人間の心の迷い、欲望、エゴイズム、そして希望や願望だけは思うように制御も解決もできない、ということだ。しかし、その一方ではそうしたちっぽけな「何者でもない」存在においても、生きることそのものの渇望や意志がその根源において確固として在り続け、その存在があるかぎり新たな希望があり発見があり、そして奇跡が起こりうるのだ。

つまるところ、人生におけるその場や局面においての選択というのは、その時の意志や感情も含めたうえでのその人の運命なり宿命なりの一環なのかもしれない、ということだ。少なくとも、私なども含めてそのように解釈しておかなければすでにおのれの選択によって誤ってしまった過去を受け入れることができず、なによりこれからの狂ってしまった将来を乗りきることができない、というような手合いが現実にいくらでもいるのである。そして、それらの選択や来し方行く末に対してそれぞれの角度や視点から光を当て、世間の人々に対するそれぞれの教訓なり真理なり、もしくはそのためのを指し示す材料を提供してみせるのが小説家やマンガ家、そしてプロブロガーと呼ばれる人々の本分なのではないだろうか。

『あのバカは荒野をめざす』(c)小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉
『あのバカは荒野をめざす』小学館文庫―藤子・F・不二夫[異色短編集]3より

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蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

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