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(更新:2023年9月30日)

【感想・批評】野原広子『離婚してもいいですか?』—「幸せ」は決して向こうからはやって来てくれない—

最近、こちらの漫画を読んだ。見ての通りあっさりした絵柄と描き込みで短時間で読めるが中身はかなり濃厚、重厚。(以下、大いにネタバレ有り)

タイトルの通り、一見平和な一家の主婦である主人公が、日常生活の中で次第に夫のモラハラ気味の言動に不満や嫌悪を募らせていき離婚まで思い詰める、というストーリー。こう略してしまうと一見何万回もある話なのだが、ディティールの選択や描写に鋭く「真実」や真のテーマが露わになっている部分が多々あったりして、並々ならぬ力量と洞察力をこの作者に感じる。

もっとも、私がこの作品に抱ける感想と言えば、こちらの記事以上に付け足すことはどうにも思いつかなかったりするのだが。

「離婚してもいいですか?」を読みました – 仕事は母ちゃん 「離婚してもいいですか?」を読みました - 仕事は母ちゃん このエントリーをはてなブックマークに追加

上掲の記事でも端的に指摘されているように、この話の主人公・志保は無自覚に自己中で、かつ徹底してネガティヴ思考、そして終始消極的かつ受動的、という人間である。加えて、内心他人の幸福が面白くなく、若干自分の不幸に酔っている節も感じられる。こう言ってはなんだが同性からみても正直面白みに乏しく、さらに言ってしまえば、一番モラハラ男やいじめっ子の餌食にされやすいタイプだ。プロローグの目玉焼きにソース云々や、自分の好物のキュウリを嫌われ残されてどうこう、のエピソードにも象徴されているようにこの夫婦、元々たがいにあからさまに相性が悪いにも関わらずなぜか所帯を持ってしまっているのだが、お互いあんな性格では、健全でちゃんと中身や自我を持ってる異性というか人間ほど寄りつかないだろうな、とも確かに感じる。

ストーリーの終盤で追い詰められた志保が、ようやく自ら決断し行動に移そうとする局面においても、結局息子に泣いて反対されたこと、夫のリストラが回避された等の理由づけで(要は他人のせいにして)、諦めてしまう。そのくせ「チャンスだったのに あと一歩で脱出できるのに」と嘆き、「子供の幸せが私の幸せ」とお決まりの独白をするのだ。こんな台詞を吐く人間が、実際に子供を幸せに出来たためしも守れたためしも無いのである。その後のシーンからも、必死で両親に気を遣う息子たちをよそに、自分の夢(夫抜きの、息子たちとの蜜月生活)が破れたことだけを嘆き、「あと何年ガマンすればいいんですか?」とかぼやいているのだ。彼女が子供たちを自分の(幸せの)一部、としか捉えていないことがよく分かる。

最終章、それもラスト2ページの下りにはまさに志保の「本性」が端的に現れている。基本自分に自信が無く、他力本願で自分からは決して動こうとしない。曲がりなりにも夫のほうは彼なりに変わろう、志保や子供たちに対して歩み寄ろうとする態度を見せているのに、まさにその途上の相手に対して自分から心を閉ざし拒絶し、その上で結局不満を押し殺して溜め込むだけで、内心で愚痴や文句をいうだけ。夫でなくても「ほんとつまんない(人間だ)なー」とか言いたくなる。こんな思考回路では、たとえ念願通り離婚できたとしても彼女が満たされることは永劫ないだろう。

むろん、彼女の夫のほうも相当我が儘だし幼稚だし酷く無神経なのだが、彼は彼で、職場で心身共に少なからず疲弊していた様子が窺えるし、あえて彼の視点に立ってみれば、リストラの危機に晒されおそらくその他さまざまな仕事上の軋轢やストレスを抱えつつも、妻子の前ではそれを漏らすこともせず耐え、休日には子供たちの遊び相手もこなしているのに、当の妻はそれをねぎらってくれるどころか、常に不機嫌で不満そうな態度を見せつけ、何かにつけ(靴下の脱ぎ方がどうこうレベルの)小言を言う……という状況だ。こうして見ると、夫がパソコンに逃避しがちなのもちょっとは分かるような気がする。自分の仕事上の人間関係含めた込み入った悩みなど妻には到底相談できる雰囲気ではないし、内心で自分に対して壁を作っているような妻よりネット上?のやり取りのほうがよほど手応えも安らぎも感じられる、というところではないのか。

つまるところ、「どっちもどっち」なのだ。おそらく、この夫の父親も妻子には我が儘に振るまい時には当たり散らし、母親のほうはそんな夫に不満を溜め込みながらも息子にはその反動で過剰な期待を掛け依存する、といった態度を取り続けていたのでは? そして、片や志保の母親が志保に対して見せる態度は、明らかに志保の夫が志保に投げかける駄目出しや無神経ぶりと似通っている(たぶんこの母親、志保の幼いときから主に夫婦関係のストレスを娘に対してぶつけていたのだろう)。つまり、お互いに自分の母親(&父親)と似たような人間を伴侶に選んでしまった、ということなのだろう。そして、この夫婦、特に志保が自分を変えない限り、今度は彼らの息子たちが両親の欠陥を受け継いでしまうだろう(ゲーム依存ぶりも含めてその兆候が既に出ている)。

このような負の連鎖、そもそも「離婚してもよいですか?」などという問いをしなくてすむためにはまず、その家庭環境も含めて己を顧み、相手を見極める視点を持つべきだろう。そもそも志保の場合、「本当の自分はどこ?」とかいうことを言ってるわりに、本当の自分、自分自身の気持ちをあまりよく分かっていない様に見える。早いうちに自覚しておけば、傷も浅いしやり直しも利きやすいわけだから。そして、まず自分自身を満足させ幸福にするにはどうしたらよいのか考え、そのための努力を具体的にすることだ。呪いや嘆きでは何も変えることは出来ないのだから。

……しかし、何だかんだでここまで長々と書き連ねてしまったのは、他ならぬこの私の性根が志保と多分に似通っているからに他ならない。自分の無自覚にダメダメな、醜悪な部分を白日の下に晒されているような、生身の痛みを終始味わわされつつ、それでも読まずには居られない吸引力をこの作品に感じてしまう。

というわけで以上、反面教師とするには志保をはじめととした人物描写は実に分かり易くリアルでよく出来ているし、己の生き方を顧みるサンプルとしては非常に明解で役に立つ作品だと思うので、既婚未婚、男性女性に拘わらず一読をおすすめします(`・ω・´)。

蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

3件のコメント

  1. この作家さんは、あいかわらず、同じタイプの本で少子化に貢献してますね。

    たまには、離婚しない方法とか、描けばいいのに。

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