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(更新:2014年11月29日)

【エッセイ】「天上の音楽」たちを求めて

昨年秋のポール・マッカートニ-、そして先日のザ・ローリングストーンズと最上級の大物ミュージシャンの来日が相次いだことで、目下かなり音楽づいている私である。初めて生で聴いた『The Long And Winding Road』『Let It Be』、そして『Angie』『Ruby Tuesday』はこの上なく美しかった。ポールは周知のように第一級のバラードの名手だけれど、例えばストーンズのようなバリバリ王道のロックスターが時折創る繊細な曲には、いい年の男が考えついたとは思えないような、否、男だからこその優しさと儚さが感じられたりして、心を掴まれるものがある。昨今のJ-POPの量産スナック菓子のような手軽なスイートさに馴れてしまった身としては尚更だ(いや、スナック菓子も好きだけどね)。しかし、所謂ポピュラー音楽のなかにも、とりわけ、まるで天界で奏でられるのが相応しいのではないかと思えるようなこの上なく、神々しいまでに美しい曲が有ったりする。

例えば、まずザ・ビートルズのこの曲。これがロックまたはポップスの範疇に入るかということでは少なからず異論が有るかもしれない。しかし、やはり曲がりなりにもビートルズのラベルが付いてるわけだし、少なくともこれを作った当人=ジョージ・ハリスンはそのつもりだっただろう。ジョージの作品としてはB面とはいえビートルズのシングルに始めて収録されたということもあり(この為に、ジョンは代わりに収録予定だった自作を取り下げたという)、その意味でも出色の曲だと思う。

The Inner Light


男前揃いのビートルズの中でも、ルックスも中身も作る曲もとりわけ素晴らしく端正で繊細なジョージハリスンだが、彼はロックというジャンルにおいてとりわけ最高級に「美しさ」に純化した曲を作り出してきた一人だと思う。それはビートルズ時代の超名曲『Something』『Here Comes The Sun』などを聴いても一聴瞭然なのだが、こちらの曲ももっと知られて欲しいと切に願っているところなのだ。

扉の外から出なくても 世界の全てを知ることが出来る
窓の外を見なくても 天の摂理を知ることが出来る
遠くへ旅するほど 知ることは少なくなる
得るものは少なくなる

旅すること無く到達しよう
眺めることなく全てを見よう
何することなく全てを成そう

ジョージの自伝に依れば、この歌詞はさる学者から差し入れられた『老子』の解説書からその一節を拝借したものらしく、メロディは聴いての通りインド音楽をそのまま取り入れて歌詞を付けただけのものなのだが、ジョージの優しくつぶやくようなヴォーカルが実に自然によく溶け合って、あたかもこの曲そのものが清流のように感じられる。

そして、こちらはソロ時代のジョージの一曲。アルバム『33&1/3』より。

『Dear One』

いま僕の魂は貴方に歌いかける
万物は貴方の御許に依り添い
いま僕の心は貴方に呼びかける
唯一の御方、愛しています

ジョージがビートルズ時代からインド文化や東洋思想に深く傾倒し続け、そして終生ヒンズーの神々、とりわけクリシュナを崇拝していたのはよく知られていると思う。彼の曲には、しばしばよく有るラブソングに仮託してその実、神への賛歌だったり、あるいは至極ストレートに信仰を歌っていたりするものが有るのだが、これはかなりストレートなほう。しかし、それらの曲はみな、とにかくメロディの美しさが際だっていて抹香臭さは殆ど感じられ無い(歌詞が英語ということもあるかもしれないけど)。とりわけこの曲などは夜中に繰り返し聴いていると、その繊細で優しいボーカルとサウンドが一体となって、ゴスペルともマントラとも付かないような陶然とした気分になって、その度に涙が滲んでくる……。

あと、ジョージの遺作となったアルバム『Brainwash』に収録されたこのインストメンタル曲もとにかくひたすら美しい。仏教で言う「寂光」とか「浄土」とかを具象化すると、まさにこういう旋律になるのではないかと思わせる(実際には当人がインドと並んで愛した、ハワイ海辺の夕焼けのイメージなのだろうが)。

『Marwa Blues』

そして次は、インストメンタルというか映画のサントラ。ジブリは高畑勲監督の映画『かぐや姫の物語』にて、ヒロインのかぐや姫がいよいよ(泣く泣く)月に帰る段になって月世界の使者が迎えに押し寄せる、というストーリーのクライマックスに盛大にこれが流れた時には、その状況場面とのあまりのギャップに度肝を抜かれた……という感想は多く有る。私も映画館で体験して衝撃を受けた。したがって、もし『かぐや姫の物語』を未見の方は、まず初めにはDVDなどで作品を直に観てその中での鑑賞をお薦めする。文字通り天人の世界、そして一点の曇りも無く純粋な明るさと煌めきに溢れているゆえに、この上なく残酷な、しかしそれゆえに美しい旋律。

そして、一気に時代を遡り……というか、古代ギリシアの遺跡から発掘された墓石に刻まれていたという、世界最古の歌曲と言われているもの。古代ギリシアやメソポタミアなどには他にももっと古い旋律や歌曲も有るらしいが、完全な形で再現出来るのはこれが最古とか。しかもこれより古い歌は祭事に神を讃える目的で作られたのに対し、これはその墓碑銘にあるとおり、セイキロスという個人(故人)が伴侶に捧げた歌であるらしく、したがって現存する最古のラブソング、ポピュラーソングとも言えそうである。

セイキロスのスコリオン(墓碑銘)

セイキロスの墓碑銘

生きている間は輝いていてください
思い悩んだりは決してしないでください
人生はほんの束の間ですから
そして時間は奪っていくものですから

この歌にもあるように生き物はいつかは儚くなるもので、そして音楽とは実態の無いものだ。しかし、たとえセイキロスとかジョージ・ハリスンとかいう人間が居なくなって幾年月が経とうとも、現にこうして彼等の創り出した旋律は残り続け、そして親しまれ愛されているわけで、それは、それぞれの人間の人生の記憶や思い出が、残された人々に語り付かれていくようなものなのかもしれない……とか思いに耽りつつ、この手の曲をさらにもう少し集めて、ゆくゆく自分の「葬式BGM集」でも作ろうと考えているところだ。

蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

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