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(更新:2023年9月9日)

【エッセイ】『いみじきことゞも侍りけれど、猶このたびにはしかずとぞ』—東日本大震災・私的メモ— 

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3年前の3月11日に、私は何をしていたか……正直、既に記憶が曖昧になっている……。こういう時の為にこそ日記でも付けておけば良かったのかなあ……とか考える。

「アンネの日記」真贋論争~偽書説が科学的検証を経て否定されるまで | Kousyoublog

1944年3月28日、オランダ亡命政府のボルケステイン教育芸術科学相がラジオを通じてこう呼びかけた。

『歴史というものは、公的な決定や記録だけをもとにして書けるものではありません。われわれオランダ国民が、この戦時下においてどんな苦しみに堪え、どんな困難を克服してきたか、それを十全に子孫に伝えようとするならば、真に必要なのは、ごく普通の記録――たとえば市民の日記、ドイツで労働に従事している人た ちから送られてきた手紙、牧師や神父などの説教集、などであります。こうした膨大な量にのぼる単純かつ日常的な資料の集大成なくしては、われわれの自由へ の闘いが、完全な深みと栄光とをもって描きだされることはないでありましょう。』(P65)

その日、私と言えばいつものように自室でだらだらとPCの前で仕事をしていた。するとにわかに揺れ初めて、「ああ、地震だ〜」と思ったら、これまでに経験したことの無い、尋常で無い振動が襲ってきた。それは小学生の時分に地震体験車で体験させられた以来のものであった。ラックからは本がばたばた落ちてくるので必死で抑えていたが、母が私の名前を叫びながらも玄関のドアを開けに向かったので、私は猫たちが飛び出さないかが心配で、ラックに捕まりながら彼女たちの名前を連呼しつづけたが双方とも姿が見えず、とにかく一刻も早く揺れが収まることだけを祈っていた。此処で、これ以上揺れが強くならなければ大丈夫、父と妹一家は目下離れているが共に関東圏だから多分心配は無い、とにかくこのまま終わってくれれば家は、自分たちはまず無事に済む……。

ようやく揺れが収まり、母が即行で居間のテレビを付けたら、アナウンサーが緊張した声で速報と警報を繰り返し告げており、震源が東北沿岸であること、そして間もなく太平洋沿岸に向けて大津波が来るであろうことを知った。画面下部のウィンドウで表示された日本地図で、太平洋岸の東半分が警報の範囲を示す赤と黄の線でびっしり塗られて点滅しているのに驚いたし、そもそも「大津波警報」などという警報の存在など、この時初めて耳にしたのだ。「これは、阪神大震災よりも酷くなるかも……まさか自分の生きている内にこんな災害を目の当たりにするとは……」と呆然としていると、程なくして、不謹慎ながら特撮映画のワンシーンのような光景が映し出された。ヘリからの撮影で、灰色の海が空恐ろしいほどスムーズに沿岸に迫り(後に津波の凄まじい有様を様々な映像で思い知ったのだが、上空の撮影で観たその時点の映像は不気味なほど静かに進行していた……)、よく溶いたセメントを流し込むかのようにあっさりと一面の田畑を呑み込みミニチュアのようなビニールハウスを潰し、道路や駐車場に並ぶ車をミニカーの様に押し流していった。当の被災地の方々には酷い話だが、この時ほど、内陸県に住んでいることを幸いだと思ったことはない。

猫たちはともに両親の寝室のベッドの下にうずくまっていた(即行で逃げ込んだようだ)。母は携帯で親戚や妹宅へ電話を掛けたりメールを送るも一向に繫がる気配が無い。他に出来ることも無いので私は自室に戻ったが当然仕事も手に付くはずもなく、ネットで関連情報をちょくちょく覗いていた。夕方になるにつれて、宮崎県沖に200人近い遺体が流れ着いていたとか仙台市内に大規模な火災が発生しているとか、真偽は確実でないもののじわじわと被害情報が伝わってきて、薄ら寒い気分になったが、正直、これと行った実感が湧かず、ゆえにさらに不安になった。ようやく親戚や勤務先の父とも連絡が付きそれぞれの無事を確認。妹宅ではみな無事だが停電しているという。問題は父である。当時、隔日で勤務していて当日はたまたま東京に有る職場へ出勤していたところへ地震に遭い、当然帰宅のめども立たないまま結局職場で一夜を過ごす羽目になった。

私のところにも知人やオンラインで交流の有る方々から安否や現況を尋ね合うメールなどを交わし合ったり、夜中に横になってもなんだか興奮して眠れないままTwitterを眺めていたら、家族の安否を尋ねたり、現地の情報を伝えるツイートで溢れていた。中にはデマも相当数混じっていただろうが(そう言えば、内部被曝を防ぐためにヨウ素入りのうがい薬でうがいを!!というのが有ったなあ)、テレビが観られない被災地へ向けて、Upstreamで個人的にNHKの番組を流していた中学生とかもいた。

まんじりともしないまま夜が明け、早朝6時頃に無事帰還した父を迎えた。職場の方々とともに停電して真っ暗で寒いオフィスの中で電車が運行再開するまで過ごし、精神的にかなり参っていたようで多くは語らなかった。持ち帰ってきた号外には「大地震」の文字がでかでかと書かれていた。テレビではCMも殆ど無く、被害の状況がひっきりなしに映されていた。一面更地のようになった中で、僅かに比較的高めの建物だけが僅かに離島のように散在し、そんな中で残った病院らしき屋上で医師や看護師らしき人たちが数人、必死でヘリに向かって開いた傘をそれぞれ両手に持って振り回している光景が印象に残っている。原発事故の状況も詳しく報道されるようになって、私的に「被災」の実感を体感するようになったのはこの後である。輪番停電が行われるとのことで、その間は電気に加えて水道も使えなくなるとかで、ペットボトルと乾電池を買い出しに行くも当然どこも売り切れや品薄。乾電池は普段は入らないような個人の電気店でようやく見つけた。コンビニの棚もガラガラ、普段にぎやかな商店街は節電で照明が落ちて薄暗く、人出はそれなりに有ったものの皆どこか奇妙な緊張感が漂っていた。

余震は相変わらず続くし、しかも何故か私が風呂の最中を狙うように大きいのが起こって、その度に母が大騒ぎで私を呼ぶのにも辟易していた(実は扉さえ開けておけば風呂場やトイレの方が安全らしい)。だいたい、母はちょっとした揺れでも玄関を開けに行きたがるのだが、私的にはそれで猫が逃げ出さないかの方が余程心配であった。停電中はこれまた慌てて買い込んだLEDランプを付けて過ごし、仕事はノートPCでこなしていた。当然テレビは付かないので情報源はポータブルラジオとスマートフォンのみとなり、とりわけ後者の比重を実感した。振り返れば停電といってもそれほど長い時間ではなかったし、被災地の方々の苦労に比べれば屁のようなものなのだが、これまでの人生にはない状況ではあったので、それなりの緊張や不安はあった。原発事故が収まる気配は一向に無いし、もう、以前のような生活や便利さは失われてしまったのだ、只でさえ電気が不可欠で多大に依存した職種であり業種に就いてるというのに、その意味でもこれまで通りの生活は難しくなるのではないか、そして、只でさえ暑さが厳しいこの地での夏をどう乗り切るのか……などの、これまた被災地からすれば贅沢極まりない悩みが頭をよぎったりしていた。

結局、輪番停電の方は二週間ほどでなし崩しに終わり、交通機関も店の品揃えも回復し、日常がもどるにつれて、震災直後にもっと人生を有意義に過ごさねば、仕事ももっと熱心に取り組まなければ、防災グッズもきちんと用意しよう、何より、被災地で行方不明になった猫や犬などが多く出てボランティアが保護に乗り出しているという話を聞いて心を痛め、うちの猫たちの対処も考えておかなければ……とか色々考えていたことも次第に霧消して、元通り惰性で日々を送る生活に戻ってしまった。切っ掛けに成したことと言えばようやっと普通免許を取ったことぐらいだろうか。

よのつねにおどろくほどの地震、二三十度ふらぬ日はなし。十日廿日過ぎにしかば、やうやうまどほになりて、或は四五度、二三度、もしは一日まぜ、二三日に 一度など、大かたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。四大種の中に、水火風はつねに害をなせど、大地に至りては殊なる變をなさず。むかし齊衡のころかとよ。おほなゐふりて、東大寺の佛のみぐし落ちなどして、いみじきことゞも侍りけれど、猶このたびにはしかずとぞ。すなはち人皆あぢきなきことを述べて、い さゝか心のにごりもうすらぐと見えしほどに、月日かさなり年越えしかば、後は言の葉にかけて、いひ出づる人だになし。

鴨長明 方丈記 (元暦2年7月9日(1185年8月6日)の大地震についての下り)

しかし、真に日常に戻るためには忘却もまた必要なのかも知れない。その代わりにこそ祈念や記録が必要なのだ。

 

あたらめて、震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りします。未だ避難生活を強いられている方々が一日も早く安心かつ安定した生活に戻り、故郷を復興できる日が来ることを願います。

蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

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