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(更新:2019年7月23日)

【私事・私感】「フェアプレイ」は最期までやらない

我が中国の狆が何匹もいる。これはまた国の誉であるわけだ。ところで、犬と猫とは仇同士ではないか。しかるに、かれは犬でありながら、猫に酷似している。折衷、公正、調和、平衡の状掬すべく、悠然として、ほかのものはみな過激で、自分だけが「中庸の道」を得たといいたげな顔である。これによって富豪、宦官、夫人、令嬢たちに鍾愛せられ、その種は綿々として絶えない。かれの仕事といえば、このこざかしい皮毛をもって貴人の飼育を獲得し、内外の女人たちが町へ出かけるおりに、首を細い鎖で結ばれて靴のかかとについてゆくだけのことである。
この手合いは、まず水の中へ打ち落とし、さらに追いかけて打つべきである。

『魯迅評論集』『「フェアプレイ」はまだ早い』

先日の参議院選挙では自民党が過半数を維持した。私の投票は半ば死票になった。その明くる日、相変わらずどんよりと蒸し暑い中をまた痛む頭と腰に悩む中を満員電車の中で揉まれながら出社して、なんとか業務をこなししかし相変わらずミスをし、そして相変わらずどんよりと蒸し暑い中をいつものように疲弊した心身を引きずって相変わらずごった返す電車内でもみくちゃになりながら束の間の息抜きにスマフォを流し読みしていたら、やがて胸が鉛が詰まったように重苦しくなり動悸は激しくなり、頭はふたたび痛みだし目には涙が溢れ、床にしゃがみ込んで泣き出したい気分をようやくこらえながらいったん最寄り駅のホームのベンチに腰掛けて胸を押さえ顔を覆い荷物を抱えうずくまりながらなんとか落ち着くまで過ごし、そのあと足を引きずりながらなんとか家にたどり着き、しかし買ったばかりの掘り出し物のヘアアクセを失くしたことに気づき、そして夕食は半分も喉を通らず布団の中で頭を掻きむしり呻きのたうち回りながら一夜を過ごし、そして今日はやむを得ず欠勤してこの記事を書いている。

目下、何を基準に「富裕層」と見做すかは人によりいろいろ基準に差や違いはあるようだが、例えばアルファブロガーとして一世を風靡し著書も好評、いくつもの雑誌に寄稿をこなしおそらく本職でもかなりの高給であり、そしてパートナーも同じく有能で相応の所得を得ているであろう人の生活水準が総じて日本国民の平均をかなり上回っているであろうことは間違いなく、有り体に言えばこの私の所得など五、六倍かそれ以上は確実に優に超えているだろう。そういう人たちにとって、政治それも選挙を語るというのはアスコット競馬場の貴婦人たちがレースを楽しみ、ラスベガスの富豪たちがゲームに興じるようなものなのだろう。それで結果が思い通りになればもちろん金がさらに手に入り、おのれの読みの確かさやその才覚にあらためて悦に入ることができるし、仮に外れたところでその財産のうちのはした金を無くす程度か、最悪にしても田舎の荘園か海外の別宅にでも引き払ってしまえばいいだけの話なのだ。

しかし、貧乏人にとってはそれらの賭けにはまったく文字通りに自分の今後の人生と命が掛かっており、なけなしの全財産から小銭を掻き集め注ぎ込み、血を吐くような思いで地に伏して全身全霊で神に祈り仏に願いながら挑むものだ。当然、結果が成し遂げられなければその場で首をくくるかやがて路上で飢え死にするか、苦界に売り飛ばされて末期までどん底で踏みにじられのたうち回る運命しかない。そんな切羽詰まった貧民たちの前に、いとも優雅な笑みを浮かべながら「このレースは面白いものですよ!もっと気楽に参加して楽しんでみては?」とか鷹揚な足取りで触れ回っていたらどうなるか? それこそ水の中に打ち落とすまではいかずとも、泥団子の一つや二つでも罵倒と怨言とともにそのドレスの裾にでも投げつけてやりたくなるところではないか。

さっそく現首相が勝利宣言とともに宣っているとおり、憲法「改正」の動きはさらに進んでいくだろうし消費税率引き上げは今秋確実に実行される。こちらもただでさえ少ない手取りからさらに支出の割合が増えることになる。これがどこかの「富裕層」や自称中流の方々ならば、せいぜいガトーがフィナンシェになりママ友や同僚とのカフェランチや家族との外食や旅行の回数が多少減る程度のことだろうが、こちらは干からびた黒パンすら口に入らなくなるかもしれない。ボーナスなど元から出ない。住宅ローンに負われ貯金どころかカードの返済もおぼつかない。推しを追いかけアピールしたくたってライブや舞台に行く金もろくに無い。趣味の絵を描きたくとも画材もペンタブも新調できないし、ブログや腐れ(二次)創作を書きたくとも書こうと思えばたとえばこんな程度の駄文だとしても一日は潰さなければならない。それでもまともに読まれるのは多くとも10人はそうそう超えることがない。現にこちらのブログはPVも読者も件のブログの千分の一に満たないだろう。そもそもインプットしたくても美術館や映画館に出かける余裕も体力もないしマンガの大人買いもできない。なにより平日の仕事と通勤で疲弊しきっていて休日の大半は寝ることと家事に削られて体力時間ともに余力が無い。目下、ただ起きて働いて寝るだけの日々である。暇つぶしに作った子供の世話の合間に書き連ねたネットウォッチブログの記事が目に留まって書籍化し評判になりめでたく何千部も売れて体の良い副収入をいっぺんに潤沢に確保できる……なんて奇跡はとうてい望めないのだ。

そんな人生の大半を日々のたつきを得るためだけに磨り減らしているのだが、その仕事すら人並みに出来ず、とうぜん業務も給与もいまだ新人並みだ。以前の仕事先では「あなたの前任はこれとまったく同じ仕事をあなたの半分の時給と年齢ですぐ覚えたし倍の速さでこなしていたよ」と言われて契約を切られた。やっと続いている今の職場にしてもこうして欠勤してしまうのは心苦しくてならないが、しかし通常でも慢性的な腰痛頭痛足のむくみに加えて老眼の始まり更年期の諸症状という心身ともにギリギリでボロボロの状態なのをなんとか動かしている状態なのだ。それでも元のスペックがポンコツな上に機種も古いとあってはもう使い物にならないだろう。いまだスライムすら倒せずレベルが上がらず装備も買えず村から一歩も出られないままにゲームオーバーを迎えつつある。この世界にろくな居場所も得られたことがないのに、より優れたもの、後からやってくる者たちのために立ち退けと言われる。そして罵倒あるいは嘲笑とともに石もて追われ辛うじて与えられた河原の乞食小屋で震えているところへ訪れてくるのは、「汝の隣人を愛しなさい」と陰りなき慈愛の笑みを浮かべながら施しと説法に来る貴婦人のみ……。

そういう身分の人たちにとって、世界の理不尽、残酷、不条理、恐怖、そして人生の苦痛、屈辱、孤独、憤怒、嫉妬、飢餓、絶望そのほか諸々というのは、劇場の貴賓席でオペラグラス越しに覗き見るようなものでしかないのだろう。あるいは逃げ遅れた老いぼれのシマウマがハイエナに寄って集って食い千切られるのをはるか双眼鏡ごしに眺めている動物学者のようなものか。しかし「ハイエナだって生きるのに必死なんだからその意思を尊重しなさい」と言われたところで、シマウマの方はその通りにしたらただ食い散らかされて骨だけ捨て去られてそれですべてが終わるだけなのである。羊が狼を無条件に受け入れたら即行でその胃袋に収まるだけだし羊飼いの言動を尊重したらもちろん毛も肉も残らず毟り取られるのである。ヒグマの考えを尊重して説得し感化しようとする村人は全滅させられるのである。そして、それらの一部始終の記録を「世界の厳しさ」「生き物たちの真実」などと銘打ってはヴィーガン食とスムージーとともに嗜みつつ何らかの教養なり教訓とやらに触れた気になれて、動物愛護や菜食主義に目覚めてくれる人類がいるのなら、喰われ打ち捨てられた方も物言わぬ骨の欠片になり腐土と化した甲斐も多少があるというものだろうか?

もっとも、この私などはこの現在の社会にとってはハイエナにとってのシマウマですらない。ろくな番も芸もできず老いぼれて愛玩のしがいもなく肉すら付いてない捨て犬、なんの役にも立たない負け犬、顧みられず生きているだけで鬱陶しがられるだけの野良犬である。あらゆる面において某議員がいうところのまったく「生産性のない」どころかむしろマイナス、世界の穀潰しでしかない存在だ。ろくな職能も才能も無く子供も産めず、そもそも番いになってくれるパートナーもいるはずもない。まさに(年金受給前の)死こそが唯一の社会貢献といったところだ。現在の与党や与党の支持者たちなら間違いなくそう言うだろう。「全部あなたの責任でしょ?」「おまえの努力と能力が足りないのが悪い」「他人や社会のせいにするな」「世間はそういうものなんだから甘えるな、自分の力でなんとかしろ」

……はい、すべて仰るとおりです。すべて何もかもがこの私の自業自得、愚昧と無知と無能と怠惰と逃避の報いです。しかるして、ただ自嘲の笑みを浮かべながら慈悲深く賢明な野党支持者の施しにわずかに縋りつつ、古びたワンルームの隅で古雑誌をながめつつ自慰に浸るしかない余生のみが、おそらくこの私のような人間に与えられた唯一の権利なのだろう。しかし、やはり思うのだ。どうせ野良犬なみの存在で、石もて追われ水の中に打ち落とされそして追いかけられさらに打たれても、溺れ死ぬか打ち殺されるその瞬間まで、その下手人たちそして遠巻きに眺めながら囃し立て嗤う輩に対して牙を剥き吠え立てることを止めないだろう。たとえ、それが文字通り負け犬の遠吠えであり、近隣の善良で品行方正な住民たちの平穏を破り眉をしかめさせることになっても、である。それはやはり私がどれだけ陋劣矮小惰弱であったとしても、紛れもなくひとりの人間であって、したがってそれ相応の基本的人権と尊厳があり、そしてだからこそその尊厳を脅かすもの、脅かそうとするものを支持する者、そしてなによりそれらの者を擁護し尊重しようなどと言い出すものたちは最期まで許せないし、怒りを抑えることができないのだ。

以上に述べたことは、新と旧、またはその他ふたつの派閥間の争いを刺激し、悪感情を深め、もしくは対立を激化させる、などと懸念する人があるかもしれない。だが、私はあえて断言する。反改革者の改革者に対するあくどい攻撃は、これまで緩められたことはないし、そのやり方も、ますます陰険になって、ほとんど極限に達している。改革者だけがまだ夢を見ていて、いつも損をしているのだ。

『魯迅評論集』『「フェアプレイ」はまだ早い』より

蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

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