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(更新:2023年9月9日)

【時事】無知の罪。

神戸連続児童殺傷事件、元少年が手記出版:朝日新聞デジタル神戸連続児童殺傷事件、元少年が手記出版:朝日新聞デジタルこのエントリーをはてなブックマークに追加

 手記は全294ページ。事件に至る心境や、逮捕されるまでの感情の動き、16年に医療少年院を仮退院後、1人で身元を隠して日雇いアルバイトなどで暮らしてきた生活ぶりが克明に記されている。

太田出版の岡聡社長は、出版に至った理由について「少年犯罪が今も社会を動揺させている中、加害者がどういう心境なのかを伝えるべきだと思った」と説明。遺族には加害男性の手紙を添えて本を届けるという。

正直なところ、私はこの事件にはそれほど関心があるわけではなかった。事件当時はおそらく日本犯罪史上でも稀有な少年の猟奇事件ということで、「14歳少年の心の闇」とか騒がれてさまざまな言説が飛び交ったものだが、その後の加害者の動向や発言などを見ても、要は頭でっかちで精神が未熟なまま、肥大化した自己顕示欲とプライドとナルシシズムと性衝動をコントロールできずに、付け焼き刃な知識で仕入れたフィクションなどの見よう見まねでそのまま後先考えずに実行してしまったという、今で言うところの「中二病」を極限までこじらせたというだけの(実際中学生だったわけだが)事態であり、14歳という年齢をのぞけば「猟奇事件」としてはむしろ凡庸な類に入るように思う。子供の起こした猟奇事件、という括りではすでにメアリー・ベルという先駆があるわけだし(彼女も事件をネタに本を出している……)。

殺人博物館~メアリー・ベル

むろん、被害者の子供たちとっては理不尽極まりない話である。彼らの命は加害者のそういう幼稚で稚拙な自己顕示欲を満たすためのツールとして存在してきたわけではない。そして、その後の加害者の「更生」のための踏み台として生まれてきたわけでは断じてないのだ。なにより、加害者の方はこうして生き延びているからこそ、こうして後悔や反省の弁も、自己弁護もいくらでも言えるし聞いてもらえる環境にあるわけだが、殺されてしまった被害者たちは声を上げることすらできない。いきなり通りすがりに頭を叩き割られた痛み、絞め殺され切り刻まれたあげく晒された恐怖を自らの手で、言葉で訴え、知ってもらうことはできないのだ。その術を奪った張本人が、その行為によって得たネームバリューで、しかも商業メディアの力を利用して自分の言説を言い広める行為じたいが著しく公平さを欠くし、被害者の権利の侵害になると思う……といっても、こればかりは詮ないことだが。

基本、私はこの手の犯罪者自身の手記などの発言や表現そのものにはあまり惹かれないのだ。そもそも本当に表現や創作の才能に幾ばくかでも恵まれていたなら、そして己の才能を肯定できるだけの健全なナルシシズムを持っていたなら、わざわざ犯罪などという割に合わない行為に手を出すはずがないからだ。もっとも今回の手記に関しては予防のための犯罪心理分析、そのための資料という価値は出てくるかもしれないし、その意味で若干興味はそそられたのだが、以下の被害者遺族の抗議文をみて我に返ったものだ。

神戸新聞NEXT|社会|加害男性の手記「今すぐ出版中止を」土師さん 神戸連続殺傷事件神戸新聞NEXT|社会|加害男性の手記「今すぐ出版中止を」土師さん 神戸連続殺傷事件このエントリーをはてなブックマークに追加

神戸新聞NEXT|社会|神戸連続児童殺傷 「出版動機知りたい」彩花ちゃんの母コメント全文神戸新聞NEXT|社会|神戸連続児童殺傷 「出版動機知りたい」彩花ちゃんの母コメント全文このエントリーをはてなブックマークに追加

社会的、学問的貢献とか、知る権利とか、表現の自由とか、いずれもこうした被害者遺族の感情、なにより被害者自身の尊厳を犠牲にしてまで優先すべきもの、とはやはり思えない。しかも、理屈はどうあれそれが市場に「商品」として流通し、そのことで当の下手人の懐が潤ってしまうとなってはなおのこと、だ。永山則夫の例を挙げて擁護する意見もあるようだが、すでに漏れ出てきた内容や彼自身に関するこれまでの情報から推し量る限りでは、この手記とやらが、およそ著者の所業や人格を切り離した上でも世間に流布すべき、それも対価を得てまでの(文学的な)価値をそなえたものであるとはまず思えないのだ。

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だいたい、遺族の許可も取ろうとせずに自ら出版を持ちかけ、刊行当日までその事を知らせない、というやり方が卑怯極まりないし、あまつさえそうやって作った本を遺族の元に送りつけようなどという所行がどれだけ遺族の精神を傷つけ、踏みにじるものか、まったく想像することができない時点で、少なくとも精神面での更生レベルは知れたものだ。しかし当人にはまったく悪意がなさそうなところがなおさら救いがない。現行の社会制度では取りあえず再犯そのものは防ぐことはできたとしても、こうした犯罪者個人の精神に立ち入って、一から他者への想像力や共感能力を植え付けて育てるということはまず不可能なのだろう。いや、もともとそういう素地が欠落しているからこそ、あのような形で殺人という一線を越えてしまったのだ。こうした能力の獲得はもっぱら親などの幼児からのコミュニケーションや教育に依るところが大きいと思うのだが、この彼の場合は両親、とくに母親からしてかなり自意識過剰なデリカシーの欠けた人だったようだし(そういえばこの母親はすでに事件直後に本を出している)。やはり、壊れた人格というのは善良で非の打ち所のない人間の間にとつぜん不運に生まれてしまうということはまず無くて、ほとんどは代々の負の連鎖の因果によるものなのだ。

というわけで、今の時点においてそういう致命的な想像力の欠如があからさまな以上、彼の内省能力や客観性にも期待はできないし、したがってその手記にも、諸人にとっての犯罪抑止や今後の教訓になるような情報は見出せないだろうし、純粋に娯楽としてみても満足できるものではないだろう、と予測をつけ、まず身銭を切ってこの本を手に入れ読み通すことはまずないだろう、と思うのであった。

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蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

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