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(更新:2023年9月9日)

【時事】ふたたび「一橋大学アウティング事件」に対する見解

「どんな形で終わっても、兄は戻ってきません」一橋大学アウティング事件裁判で問われる大学の責任

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昨年の今ごろに報道されて話題となり、そして現在は大学側との裁判が行われている『一橋大学アウティング事件』だが、私はこちらでも以前に記事にしたとおり、やはり当の「アウンティング」した同級生と大学については、個人として成人そして社会人としてやや軽率であり対応が拙かったことは否めないが、法的公的な責任は問えないし、問うべきではないという考えは変わらない。

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たしかに同性愛者であること自体を「ショックなお知らせ」とか今どき言ってしまう大学側の感覚や見識の乏しさはどうかと思うし、動機や理由はどうあれ一人の在学生が心身ともに追い込まれ学業に支障が出ている状態なのをフォローできないどころか最悪の事態を招いてしまったことについては今後のことも踏まえてしっかりと反省し改善していって欲しいし、その意味においては裁判という形でおおやけにきっちり審議することには意味があるかもしれない。しかし、あくまでこの事件についてはそうした大学側の不手際がもっぱら「同性愛差別」から生じたものとして「彼」の自死そのものにいち教育機関そして公的団体として法的な責任を負わせるのは無理筋であり、むしろそのような理屈が公的に通ってしまうと、かえって社会および個人間においての同性愛ふくめたLGBTとの理解や連帯を萎縮させ遠ざける事態を招きかねないのでは。

一連の裁判で問題になっているのはもちろん「彼」の同性愛者であるという事実をグループ内で暴露してしまったという「アウティング」についてだが、実際のところ、当の友人の「アウティング」によって当の「彼」が苦しんで大学側にも相談していたことは、ひとえに親友だと思って信頼を寄せていた相手から自分の重大な秘密を暴露されたことからの「裏切り」そのものからくる衝撃によるもので(これは亡くなった「彼」自身の記録や家族や大学外の旧友たちの証言からもうかがえる)、その友人の「アウティング」を直接のきっかけとして件の「彼」が実際に大学内での活動や場において他のクラスメートたちや大学関係者からの嫌がらせや暴力行為、差別的言動を受けたという事実はなかったようだし(もしそのような事実があったら「アウティング」以上にまずそれらが大きく取り上げられて焦点になっているはず)、したがって「彼」にとっては極めて痛ましいことではあったとしても、これらはひとえに彼と彼の友人たちとのごく私的な関係と感情の齟齬から生じた彼個人の内心のみでの問題であり、彼の心身の動揺や傷そのものには大学側は原因にしても過程にしても終始なんら関わっていないわけで、その彼の心身の傷やその結果としての自死そのものについては責任は求められないし取りようはないのでは。まさに学校内での関係や場を主軸に利用して行われるアカハラやセクハラ、いじめなどとは同様には扱えないし扱うべきではないだろう。

もちろん、実際に「彼」が学生生活に著しく困難をきたしているからには当の大学側には対策を講じる義務が生じるわけだが、たとえ同性愛うんぬんを抜きにしても当の彼にとっての悩みとその原因が学外での私的な事情と内心によるものであり、何より当の彼本人がそのこと自体を学内学外ともに秘密にしておくことを切に望んでいる以上は、担当教授としても相談室や保険センターのスタッフにしても具体的な手段は取りようがないし、彼自身のごく私的な人間関係のトラブルやメンタルの問題としての扱いそして解決策しか提案のしようがなかっただろう(さすがに同性愛と性同一性障害を混同するような不見識ぶりや逃げ腰な事後対応は批判されるべきではあるが)。しかし暴露してしまった友人に対して介入するにしても、肝心の「彼」の方が当の友人を見ただけで呼吸困難になって吐いたりするような状態ではうっかり当人どうし近寄らせられないし、まともな話し合いやましてきちんとした謝罪などさせらせるような状況ではなかっただろう。そもそも、リベンジポルノのような明確な悪意による目的で相手のプライベートを不特定多数にばらまいたというようなあからさまな犯罪行為ではなく、クラス内のごく数人の交友関係でのモラルや配慮の欠如というレベルのあって、いじめの首謀者として(同性愛を理由として)嫌がらせや無視などを煽動したとかいうわけではないのだから、友人側に対して停学や退学などの具体的なペナルティーを課すとか隔離するなどはできようがないし、だいいちそのような具体的な処置や対応をすること自体が肝心の「彼」の「秘密」を肯定するという彼がもっとも恐れている事態を招いてしまうではないか。

おそらく大学側が取り得た最善の策と言えば、まずは「彼」の心身が落ち着き回復するまで休学してもらい、その後に同性愛問題に詳しい第三者の立ち会いの下に友人との話し合いを持った上で友人の理解と謝罪を得て、そして「彼」自身の了解のもとにクラスメート全員への同性愛そのものへの事実の受け入れと理解を求め地道に広めていき、そしてそのために「彼」の心身の安全と安定のために手を尽くしフォローしていく……というものしかなかったのではないか。しかし、そのためには、まず何よりも当の「彼」みずからが同性愛という事実とその周知(それが極めて不本意な方法とタイミングであったとしても)を現実として受け入れ、腹を括って当の友人ふくめたクラスメートたちにもそれ以外の他者にも説明と理解を働きかけていく、端的に言えば勇気を持ってカミングアウトしていく、という意志と態度が不可欠だったと思うのだが、いかんせん、その境地に行き着くまでに「彼」は最悪の選択に走ってしまったのである。

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しかし、目下、告白を受けた友人側に立って書かれた数少ない記事が以上になるが、これらを読んだ上でもやはりこの友人は「違法行為」と糾弾され社会的制裁を求められるほどの悪行を犯したとは思えない。もちろん他者のプライベートな事情に関わることを当人以外が無断で公表したり漏えいしてはいけない、というのは公私ともに基本的なモラルである。しかし、それを言うならば「相手の立場や事情を考えず一方的に自分の都合や感情を押し付けてはいけない」というのもまた対人関係での基本的なモラルであり配慮ではないのか。当の「彼」にしてみれば長らく恋心を抱いていた友人に対して自らのもっとも重大な「秘密」を打ち明けることで心の重荷から解放されたうえに、その相手とは互いに「秘密」をひそかに共有できる「もっとも特別な友人」どうしになり得たと思い込んでいたのだろうが、件の友人にとっては、不意に友人の一人から家族や友人たちにも話せないレベルの「秘密」という重荷を一方的に背負わされたうえに、公私ともにしがらみのある相手それも同性からコンスタントに性的な感情と欲望を抱かれていた(いる)というプレッシャーとわだかまりを抱くことになってしまったわけである。そして「彼」の方では性愛を抜きにしても相手がもっとも「特別な友人」であり続け、また相手にとってもこの自分が「特別な友人」であると疑わずそのように接し続けていたのだが、当の友人の立場からすれば「彼」の都合で押し付けてきた「秘密」のために「彼」以外の他の友人たちに対して後ろめたさを持ちつつ常に「彼」と他の友人たちの間で気を遣いつづけなければならず、その守秘義務から生じる諸々のリスクはもっぱら自分だけが背負っている状態なのに、そのリスクやプレッシャーを手前の都合で押し付けた張本人の方といえばまったく脳天気に無思慮に自分に対して距離を詰めてくる……といった鬱憤が「彼」に対して溜まっていった結果が件の「アウンティング」に繫がっていったのではないか。もっとも、こういった事態は異性間の恋愛関係ではむしろありふれた話だし、また恋愛以外の関係や事例にもあり得ることだろう。

もっとも、「彼」がそもそもおのれの性的アイデンティをこれほどまでの「秘密」にし、その露見を最期まで恐れなければならなかったこと、そして誰かの個人情報を迂闊に軽率に仲間うちでバラしてしまうことが相手の死を招き法的措置と数百万単位の賠償を求められるほどの事態に陥ってしまったことの元凶は、紛れもなく私なども含んだ社会の性的マイノリティに対する無知と偏見、蔑視と差別の蔓延によるものだ。しかし、だからこそ、その罪と責任と一個人や一組織のみの過ちとして負わせて断罪してはならないと思うのだ。むしろ彼らの代わりに「彼」の死をきっかけに自覚と自制をもってLGBTなどのマイノリティとされる属性の人々への理解と想像力を身に付けていかなければならないのは、私も含めた社会に生きる一人一人ということになるのだろうが。

蛇のごとく粘着だが、羊のごとく惰弱。

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